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投資

 最初は投資です。これは先輩から教えてもらっていません。しかし、今の若い人は羨ましい。だって、私より20年以上早く投資に取り組めるのだから。私の若い時代には、素人が扱えるまともな商品も、まともな証券会社はありませんでした。今はそれがある。

 昔はどの高校に入学したか、どの大学に入学したかによって、経済的な勝者と敗者が決まりました。しかし、今は、エリート校を卒業した人が非正規雇用になるのは普通です。

 今の時代の経済的な勝ち組と負け組を決めるのは「まっとうな」投資をしているか否かです。(私の場合は40歳代前半から投資をし始めましたが、理論はなく、だめだめでしたた。幸い、時代がよかったので損得0でした)。

その後、ちゃんと学び基本方針が定まってからは順調です。時代もよかったですし、入金力も高かったのが原因です。でも、理論を学ぶことは必須です。理論と言っても簡単です、米国もしくは全世界の企業に分散投資するインデックスETFを買い続け、売らないという至極簡単なことです。ただ、これがぶれないようにするためには、それなりの勉強が必要です。勉強と言っても経済学を学べとかは不要です。リベラルアーツ大学をYouTubeで視聴し、その後、ウオール街のランダムウオーカーと敗者のゲームぐらいは読んでほしい。結局、至極単純な上記のことが極めて妥当であることのエビデンスを積み上げることが必要なのです。

しかし、理屈で動くのは、イノベーターとアーリーアダプターだけです。私の研究室では投資の用語が日常会話のように交わされていましたが、実際に投資を始めるのは2割弱ぐらいです。結局は、学ぼうとはしませんし、結果として投資を博打的に捉えて居続けるのです。

面白いのはオンラインゼミです。オフラインのゼミは基本2年間です。しかし、オンラインゼミは希望すれば、ずっと所属し続けることができます。その結果、明らかにマジョリティの人が投資に興味を持ち始めます。特に、中年のオンラインゼミ生は将来に対して不安になっている。その人たちが、投資を始めた人が長期にわたって「よさげ」というのを見聞きするのです。結局、マジョリティの人は理屈ではなく、周りの人がやっていることによってのみ説得されますから。その人たちから投資に関する質問を受けると、先行して投資をしているゼミ生に基本方針を伝えて、マジョリティの人には「詳しくは○○さんに聞いて」と言います。後は、初心者が暴落で不安になったとき、ゆったりとした姿を見せることが先達の役目ですね。

長い前置きでした。さて本題。

多くの教師は自分が教えていることが本当に大事かということは疑っているのです(これに関する実証的調査をしました)。しかし、それを疑えば自分のよってたつ基盤がなくなることを恐れて「将来の可能性を高める。選択肢を広げる」と合理化します。しかし、先に述べたように、それらが子どもたちに将来にプラスになる時代は終わっているのです。

もし本当に「将来の可能性を高める。選択肢を広げる」を願うならば、子どもたちに投資をする大人に育てることです。そのためには、早い段階から(私は小学生もありだと思っています)投資を学ぶ子どもを2割弱生み出すことです。そして、多くの子どもがそのことのつながりを持ち続ける集団を維持、拡大して卒業させるのです。しかし、そのためには教師自身が投資を始め、成功しなければなりません。暴落を経験し、方針をぶらさない経験をすれば腹落ちするでしょう。まあ5年でしょう。そう考えたから、教科教育研究者である私が「教師のためのお金の増やし方がわかる本(https://amzn.to/4tPkPjq )」という本を書いたのです。

イノベーターとアーリーアダプターのみなさん、是非、一日も早く始めてください。公務員は投資に向いているのです。なぜかと言えば、倒産・解雇の危険性が低いので、生活防衛資金は最小限に抑えて、投資に全力を向けることが可能ですから。

追伸 文部科学省の私学大学の整理のニュース読みました。何も知らない、中高の先生方の罪です。文科省が整理する以前に、子どもと保護者が選ばなければいいだけのことです。それを加速できるのは教師なのに、我が身可愛さで古い学歴神話を吹き込んでいるのです。罪深いと思います。その子たちは、大学を卒業したとき、また、数年後に、教師が言った「将来の可能性を高める。選択肢を広げる」は嘘っぱちだと分かるのです。

後進のため

 若い人のために、年長者がやれることをすべきだと思います。現場で先輩と接しているときは、いろいろと教えてもらえました。しかし、今の若い人は、その機会がない。すみません。若い人の責任ではありません。無責任な人事計画のため、健全な年齢バランスが崩れているからです。だって考えてみて下さし。何も知らない22歳の若者が30歳、40歳、いや60歳の教員と話せますか?彼らは、人生において、プラス2歳以上の人とは関わっていませんよ。幸い、私は、先輩に恵まれた。それのお裾分けです。その多くは、新著(https://amzn.to/48ySLbD )に書きました。そこに書き切れないことを今後書きます。恥ずかしいこともね。

リベンジ

 本日は館林市つつじが岡公園に妻といきました。しかし、見頃を過ぎていました。十分に美しかったですが、満開の頃はいかばかりかと思うと残念です。グーグルカレンダーに3月下旬に見頃はいつかを調べるよう予定を入れました。

追伸 館林市の中華料理屋で食べたエビそばが、私の好きだった上越市役所近くの北京菜館のエビそばと全く同じだったので、うれしかったです。

時代

 飲酒・喫煙のことを書きたくなりました。いい悪いではないですよ。法律は基本変わっていません。ただ、みんなの基準が変わったことを書きたくなりました。つまり、法律ではなく、庶民の許容範囲です。

 タバコの許容範囲です。少なくとも私の高校で、男子でタバコを吸っていないのは私と数人ぐらいです(全校生徒学年500人弱)。私が吸わなかったのは、吸いたいと思わなかったのと、親から「隠しタバコで火事は嫌だからいって」の連呼があったので、20歳まで意地でも吸いませんでした。

 さて、昔も今もタバコは20歳です。しかし、50年弱の昔は、高校生はだめだけど中卒で働いている人は大人と同じでOKというものでした。課外授業で高校一年の野外の時、制服(ブレザーだけでしたが)の中に、ブレザーを脱ぎつなぎの同級生がタバコを吸っていました。警官が近づいて職務したら、その子が「働いています」と言ったら、「そうですか」と言って離れました。私は校内では隠れなければならないのにとびっくりしました。

 職人気質の社長の私の家の場合、父がいると中学校から晩酌の相手でした。何も言う必要はありませんが、2次会、3次会の後の父の話を黙って聞いてればOkでした。やがて、父が寝ると、母がつまみを出して飲み続けました。まあ、父の相手をしたご褒美みたいなんでしょう。

 高校になると、毎日ではないですが、父がいなくても晩酌をしました。あるときです、飲みきれなかったワインボトル(3分の2以上残っていました)がありました。母が「純、どうするの?」と聞きました。ワインは酸化します。そこで、朝食後、一気に飲み干しました。その後、昼前に「西川、どうしたんだ、鼻歌をしてたぞ」と言われました。

 高校になってから、週に2、3回は外で飲みました。その多くは友達ですが、銀座は一人です。ただし、私は女性の接待のある店には入りませんでした。なぜなら、他人と飲むと接待することになりますから。

 そんな私が、びっくりしたのは大学生も20歳前には酒を飲むこはだめだと言うことです。私の時代は、筑波大学には担任がいて、10人程度の学生を家に招き、酒を飲ましていたのです。大学入学後に飲み方を知らない学生が事故を起こさないためです。私のように飲んでいない人が多いので、観察しました。

 ところが、時代変わった、私が大学教員の時学部2年の後半のゼミ配属の時点で20歳以下の学生がいます。その学生には酒を飲ませません。

 なんか、正しいことなんだろうな、と、思うけど、中学生時代から父親の晩酌に付き合った私も正しいと思います。