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2004-09-18

[]ピアジェの焦り 13:38 ピアジェの焦り - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ピアジェの焦り - 西川純のメモ ピアジェの焦り - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私が学生・院生の頃(1980年代)はピアジェの発達論が生きていました。その頃の学部の教育心理では、必ずピアジェの発達論が試験問題に出たものです。でも、研究者になって学術論文(当然ながら英文)を見るようになると、実は、1950年代の後半からピアジェの発達論は誤りであるという論文が見られ、1960年代あたりでは、ピアジェの発達論が誤りであることは定説であることを知りました。正直ビックリしました。 私が大学でピアジェを教えて貰っていたのは1980年代です。つまり、ピアジェの発達論が誤りだと学会の最先端では定説になっているにもかかわらず、大学の授業でそれを教えていたことを意味します。私に発達心理学を教えた人がいかに不勉強だったかということを意味します。でも、未だにピアジェの発達論的な論理が生きていると言うことの方が、 もっとびっくりですビックリとも言えます。だって、私が大学で学んでいた時代より20年もさらにたっているんですから。まあ、極端な例ですが、21世紀の時代に、天動説をまともに信じている人がいるようなものです。

 ピアジェの発達論は我が国の教育に多くの影響を与えました。その代表例に自己中心性があります。簡単に言えば、小さい子どもは他者の視点を予想できないということです。これが出来ないと、天体の動きを理解できません。例えば、惑星の順行・逆行という複雑な動きを理解するには、地球と惑星の相対的な運動を理解しなければならず、そのためには、視点をいろいろと動かさなければなりません。ピアジェは子どもが自分とは違う視点を予想するためには、ある一定の年齢になるまで無理だとしていました。そのため、日本のカリキュラムを 検討する際、この理論が背景になって天体の単元が、どの学年でやるべきかが議論されました。しかし、ボークらの研究によれば、そのような自己中心性は、ピアジェの実験の不備(おもに文脈依存性に関しての無配慮)によるものだと明らかにされています。

 子どもを育てると、なぜ、ピアジェは自己中心性を考え始めたのか分かります。息子は、本を読みながら、「これ何」と聞きます。ところが、息子と私は向き合っている状態の場合、私は息子の読んでいる本の背表紙を見ている状態です。だから、息子が何を見ているかが分かりません。こういう経験をすると、「あ~、ピアジェは、こんなことから自己中心性に気づいたんだろうな」と思います。でも、私の場合、「それじゃ、おとうさんは見えないよ」と言うと、息子は直ぐに私に見えるように本の位置を変えます。つまり、見えない という状況が息子に分かっているから、それに対応する方法が見えるわけです。ピアジェの自己中心性から言えば、息子は、「それじぇ、おとうさんは見えないよ」と言われても、きょとんとするだけのことです。

 つまり、ピアジェは子ども達の面白い現象を見出したのですが、それに対して、「それじゃ、おとうさんは見えないよ」という一言を言わなかったことを意味しています。とても 異常です。失礼ながら、ピアジェは、我が子を実験材料として見ていたとしても、我が子として見ていなかったようです。でも、その末路は悲惨です。現状では、ピアジェ理論は、ほぼ抹殺されています。科学の進歩によって旧来の理論が否定されるのは常です。でも否定のされ方にも色々あります。たとえばニュートンの古典力学は現在では否定されています。しかし、それは強大な重力、むちゃくちゃな速度、極めて微少な世界を記述するには不十分であるという理由で否定されています。でも、我々の日常の生活では、現在でも近似的には極めて正しいとされています。普通の生活では古典力学で十分です。ところが、ピアジェの理論は普通の状態であっても誤りだとされています。

 ピアジェの経歴を見ると、紆余曲折があります。かって、生物学の発生学を学んだ彼は、焦っていたのだと思います。その焦った彼が、子どもの変わった行動を見て、かって学んだ発生学に当てはめた心理学を思いついたのだと思います。そして、そのことを失いたくないために「それじゃ、おとうさんは見えないよ」という、当然の一言を言わなかったのだと思います。もしくは、科学者としては唾棄すべきものですが、「それじゃ、おとうさんは見えないよ」 と言ったのにも関わらず、その結果を意図的に無視したのだと思います。