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2006-05-09

[]何故 11:26 何故 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 何故 - 西川純のメモ 何故 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 先日の趣意書に対してある方よりメールを頂きました。

 結論、今現場の指導は、とにかく子どもありきではなく、指導方法なんです。子どもたち同士の活動で素晴らしいことがたくさん生まれることを知っていながら。

 よって、私は次の文に心を打たれました。

 「我々は決してスーパーマン教師ではないですし、一生かかってもスーパーマン教師にはなれないかもしれません。でも、それでいいじゃないですか!普通の教師、でも、「子どもたちの姿を通して学ぼうとする教師」が集い、それらの教師が見た子どもたちの姿を共有することによって、一人のスーパーマン教師より多くの喜びを教師人生で得られる教師に成長出来ます!その喜びを、多くの年長の教師、若い教師、様々な教師と、ともに感じ、誇りある教師人生を実現しませんか?

 一人の子どもは、時に、無力で愚かかもしれません。しかし、子どもたちは強力で賢明です。何故なら、彼らにとっての学校の時間は、人生の重大事です。つまり、人ごとではなく、自分の人生を賭けた人間が集っているのですから 協力にもなり、賢明にもなります。同じように、一人の教師は、時に、無力で愚かかもしれません。しかし、教師たちは強力で賢明です。 なぜなら、我々は教師という職を一生の職と選び、それによって誇り有る人生を実現しようとしているからです。つまり、人ごとではなく、自分の人生を賭けた人間が集っているのですから 協力にもなり、賢明にもなります。その教師たちが「子どもたちの姿」を基礎におくならば、誤り無く成長できます。我々は多くの教師に提案します。子どもたちの姿によって成長しませんか? 」

 現場で一番感じるのは、「指導力のある先生=すばらしい指導方法を実践している先生」という認識がとても高いということです。とにかく指導方法です。では、その先生がやった指導方法を真似ればみんなが指導力のある先生になれるのか。そうではないはず。教師→子どもの図式であり、教師←→子どもの図式が描けない。

 先日、○○の理科研究授業を拝見してきました。子どもを生かすことも主眼においています。来年度から理科センに入る力のある方の授業です。教科書の流れをアレンジし、自分で教材開発をし、一般的にはすばらしいと感じる授業でした。しかし、その授業のヒーローは教師でした。授業後の協議会でも言っていました。「自分が開発した教材で子どもをあっと言わせたい」と自信ありげに。私は、理科センに入るのだったら、誰でもできるような授業を提案してほしいなと思いましたが。あれだけ主導権を教師が握っていたら…

 例えば、音楽の公開授業で、ピアノをすばらしく上手にひき、複雑な指導方法で授業を行った場合、「すごいな~、私なんかに音楽は指導できないな~」と思ってしまいます。

 同じように、一部の先生は、理科を嫌っています。あんな難しい内容を指導できないと言っています。そのような先生でも「理科の授業って簡単なんだよ。」と教えるのが理科センの大切な仕事の一つだと思うのですがね。

 教務室で担任の先生雑談を聞く場面がたくさんあります。ほとんど子どもに対する愚痴(自分の思い通りにならない)ですが、たま子どもを褒めることがあります。きまって、子どもたち同士で活動を行う場面での出来事です。先生方は子どもの有能性は知っているんです。ではなぜ、授業中になるべく子どもたち同士で行う活動を入れないのか?不思議です。

 思いのまま文をつづったので、めちゃくちゃだと思いますが、とりあえず今ところはこんな感じです。「指導力のある先生というのは、子どもを活かしながら、結果を出す先生なんだよ。(子どもを活かす=結果がでる、を理解する先生も少ないかもしれませんが)そんな先生になろうよ。特別な指導力なんていらない、誰でも指導力のある先生になれるんだ。」というメッセージが伝われば十分だと思います。一人でも多くの先生の目を覚まさせたいです

 私の返信は、「ありがとう同志」です。それにしても、「先生方は子どもの有能性は知っているんです。ではなぜ、授業中になるべく子どもたち同士で行う活動を入れないのか?不思議です。」は、本当に、不思議です。