■ [ウルウル]羨望
ある学校の管理職の方からメールをいただきました。その中に『本当に授業構想がきちんとできる実力に支えられれば、学び合いは理想的です。今、『本校の課題は「学び合い」そのものがどうではなく、学び合いを通して、授業構想力=課題設定力?を磨くこと。』と思っています。学び合いを通して、誰でも、課題設定が決め手であるところに行き着いてしまいます。それは、自分に言わせれば授業構想力。一部の有能と自分が思っている教員が、出し惜しみしながら偉そうに、授業について語るのではなく、どの先生も、(教頭も、校長も)課題設定という共通課題から、授業に臨めるのです。西川先生、現場が遠くて不安でしょ!学校はいいなあ、西川論の学び合いを通して、先生や子どもの変わっていく様子がライブで、継続的に楽しめるのですから。たまに、補教に行ったって、学び合いで子どもとコラボすることができるんです。』という一節がありました。この一節を読んで、ぐさっと来ました。そして、本当に『学校はいいなあ』と思います。
今から二十年前、私は高校教師から大学教師に異動しました。異動してから数年は、夜、飲む度に「なんで大学に異動したんだと」と泣き上戸になっていました。しかし、数年たつうちに、自分は高校教師として良い教師ではなかったし、良い教師になれなかっただろう、と年貢を納めました。しかし、『学び合い』によって自分でも良き教師になれそうに感じます。もし、校長になり、良き教師と一緒に学校づくりが出来たら、どんなに楽しいでしょう。隣の芝生は青く見えるもの。それぞれに職場には、特有の喜びがある一方、特有の苦労はあることは分かっています。そして、私は良き教師にも、ましてや良き校長にもなれないだろう、でも・・・私は、現場が遠くて不安です!学校はいいなあ、学び合いを通して、先生や子どもの変わっていく様子がライブで、継続的に楽しめるのですから。たまに、補教に行ったって、学び合いで子どもとコラボすることができるんですから。
うらやましい。