■ [しんみり]訃報

さっきメールが来ました。大学院時代お世話になった先生がご逝去なされたそうです。退職前のお年です。
その先生は、おそらく大学以外では生きられないような方でした。はちゃめちゃの武勇伝、う~ん伝は山ほどあります。
大学の義務は全部、無視です。学者なのに論文は書かない、学会に参加しない。いきなり夜中に指導学生の部屋に行き、「そばを食べよう」と言って誘います。直ちに筑波を出発し、途中の車中で寝て、信州戸隠のそばを食べるというような先生です。試みに、その先生の名前でググってみましたが、なんと2件しかヒットしません。そんな先生です。しかし、その先生の「大学以外では生きられない」よい面を多くいただきました。その先生は料理好きで、よく手料理を食べさせてもらいました。その先生は一生独身でしたが、あまりにも料理や家事がうますぎるためと、学生たちは判断していました。その先生の部屋で、初めて「最高級のステーキ」、「毛ガニ」、「テールスープ」・・を食べさせてもらいました。その先生は酒を飲まれませんでしたので、その先生の1室には山ほどの「もらい物」の高級洋酒がありました。それを水のように飲みました。そして、高級食材・高級酒は、馬鹿のみした学生の「ゲロ」なってしましました。それを、おだやかに受け止めた先生です。その先生はオーディオ好きでした。当時、馬鹿高かったCDを初めて聞いたのは、その先生の部屋です。LPの音になれた私は、雑音のない澄んだ音に、腰を抜かすほどびっくりしました。学生がお金に困ると、割のいい学内バイトを探してくれました。学生が好きだったのだと思います。
死んだ我が父より教えてもらいました。人間の価値は、その葬式の時に何人の人が「泣いているか」と。我が父は、ごく普通の人でしたが、葬式で多くの人の涙で送っていただけました。
心よりご冥福をお祈りいたします。涙は出ません。でも、がっくりします。
■ [大事なこと]少しずつ

本日は二つの学校のサポートにいきました。ゼミ生各位の協力によって、少しずつですが上越の地に『学び合い』が根付き始めています。わくわくします。
でも、支援して再確認しましたが、『学び合い』の初期段階は本当に簡単です。一番大変なのは、「やる」と決心することだと思います。初期段階であっても、現在の多くの先生方が悩んでいることの多くが解決します。
しかし、初期段階を超えると、もっと高いことを要求したくなります。そして、「アラ」が見えてきます。それからが、中級、そして上級への長い道のりです。それは「教育」とは何か、を問い続ける道です。かく言う私も、その途上にあります。それ故に、成長し続けられます。
追伸 『学び合い』の初期段階は本当の簡単です。ただし限定があります。それは、周りの教員、管理職が邪魔しないことです。上記の二つの学校とも、校長が『学び合い』の理解者です。