お問い合わせ  お問い合わせがありましたら、内容を明記し電子メールにてお問い合わせ下さい。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。             

2008-01-24

[]グループ構成・解答編 12:49 グループ構成・解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グループ構成・解答編 - 西川純のメモ グループ構成・解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ありがちな誤答は、教師が班を構成するというのがあります。これは最悪です。だって、どんな班がベストの班だということが教師に分かるでしょうか?課題によって、その日によって、一人一人の子どもにとってのベストの班があるのです。それらが互いに影響し合って、その課題、その日のクラスの班が決まります。そんなの教師が分かるわけありません。

 次に、ありがちな誤答は、「休み時間の仲良しグループは駄目です」と言うことです。これは、目標と方法を取り違えています。『学び合い』では、何を達成すべきか、そして達成できたかには着目しますが、どうやるかは気にしません。なお、「仲良しグループばかりでいいのかな~」とすっとぼけて呟くのはOKです。ただし、あまり繰り返すと、「休み時間の仲良しグループは駄目です」と同じです。これが『学び合い』の同志が犯しがちな間違いです。我々は『学び合い』とネーミングをつかっていますが、学び合うこと自体が目的ではありません。一人一人が、そして全員が高まることが目的です。そうしたときにホモサピエンスが選択するのが『学び合い』なんです。

 では、どうするか?それは課題の達成を促すのです。例えば、「今のみんなで、クラス全員が80点以上とれるのかな?・・クラスの中にわからない子がいないかな?・・・・自分たちは分かったと思っているけど、本当に分かったのかな?・・・分かったつもりなんじゃないかな?」と呟くのです。そして、テスト結果で厳しく評価します。つまり、「全員」でなければ「駄目」ということを明確に伝えます。

 ちなみに「仲良しグループ」であるが、テスト結果で全員80点以上を達成しているならば、それはOKなんです。教師である、あなたが与えた課題を解決するベストの班が「仲良しグループ」なんです。ただし、このようなことが起こったとしたら、それは、あなたが子どもを見くびって、レベルの低い課題を与えている証拠です。もっと凄いことを求めましょう。

 なお、班構成においても、細かく見る必要はありません。注目すべきは、構成されたグループが流動的か否かです。教師にとってベストと思われるグループが形成されたとしても、それが固定的であるならば、『学び合い』が悪い状態になっている証拠です。また、グループ同士の交流があるか否かに着目します。つまり、離合集散しているか否かに着目します。もっと平たく言えば、学級崩壊状態になっていることがベストなんです。ただし、学級崩壊との違いは、子どもたちが課題に関して話しているということです。そして、もっとハッキリしているのは、そのクラスの最低点が驚異的に高いということです。

 このQ&Aのポイントは、班構成は方法にすぎず、教師がとやかく言うべきではない、ということです。そして、だれと一緒にやりたいかは多様で流動的で、教師が最善の姿を予想できることは無理だと言うことです。

[]グループ構成 09:16 グループ構成 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - グループ構成 - 西川純のメモ グループ構成 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』をやり始めました。それなりに子どもは関わり合っています。ところが自由班にしていると、休み時間の「仲良しグループ」ばかりです。どうしたらいいでしょうか?これは、『学び合い』の同志でも引っかかりやすい問題だと思います。

[]シンクロ体操 解答編 08:25 シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ シンクロ体操 解答編 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 この問題のポイントは、シンクロ体操特有の指導は殆ど無いということです。まあ、シンクロ体操が何であるかを知らない子も多いので説明は必要ですね。でも、長々説明する必要はありません。まあ、5分程度で十分だと思います。長々説明しても、わからない子はわかりません。それより5分でわかる子が、周りの子ども説明した方がいいと思います。実話の場合は、シンクロ体操のビデオを子どもたちに見せるということをしたそうです。

 『学び合い』はクラス作りです。シンクロ体操特有の『学び合い』なんてありません。そして、シンクロ体操「も」クラス作りの一貫なのです。だから目標は簡単です。例えば、「みんなで素晴らしいシンクロ体操の発表会をしよう」です(あくまでも一例ですよ)。

 ありがちな誤答は、教師の方で「最善のシンクロ体操」を予想して、それに当てはめることです。でも、そんなこと教師に出来るわけない。そのクラスごとに最善のシンクロ体操があります。むしろ、どんな姿か最善であるかを教えてもらうスタンスであるべきです。教師がある姿を想定すると、子どもは悪しきカーボンコピーになります。つまり、教師の想定する姿が最上の結果であり、多くはそこには達しません。ところが、高まることを求め、期待すると、子どもは教師の予想を遙かに超える結果を出すものです。

 実話の場合は、肢体不自由児はクラスの体操を見てアドバイスをしました。その子を中心に作戦会議をしたのです。当日です。クラスでシンクロ体操をやりとげ、最後のフィナーレの段階で、クラスメートの補助で肢体不自由児の子どもをステージ中心に移動させ、クラスメートの補助で「決め」のポーズを取ったそうです。その姿は暖かく、自然でした。そして、教師の想定を遙かに超えるものでした。

 なお、もし、このような姿を教師が想定し、それにいくように誘ったら、肢体不自由児も周りの子どもも、いやいやながらやるでしょうね。

 このQ&Aのポイントは、どんな特殊な状況においても、『学び合い』は一貫している、ということです。

[]誰が見ても分かる 08:25 誰が見ても分かる - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 誰が見ても分かる - 西川純のメモ 誰が見ても分かる - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある同志からのメールを読んで感激したので、アップしました。

 『どうして校内に広がらないのか。私の授業を同僚は知っている,結果も出ている,なのになぜ?同僚批判はしたくないので,信じられるようにできない私に問題があるのだと考えますが,なぜ分からないのかが分からない。人は見たいようにしか見ないし,見えないのだとも思うけれど,変わりたくないのかな。ブログのコメントで「習慣」という言葉が出ていましたが,私の敵も同僚の「習慣」。

 ところが保護者には伝わるんですよね。ちょうど西川先生が○○にいらした日,授業DVDを親に見せたいという子どもがいたので持ち帰らせたら,月曜にご両親から手紙がきて,夫婦そろって同時に「おおっ,○○(娘)が△△ちゃん(友達)に教えてる!」と声をあげました,なんて書いてある。「今まで(昨年まで)親が何度言っても見られなかったやる気が見られる。いろんな子がいろんな子に関わろうとしている。教育は押さえつけて管理するものでなく,環境ともっていき方なのですね」って。私が何も言わなくても理解してくださる。子どもたちに感謝です。うーん…。どう校内に広げるか,子どもたちに相談してみます。

 家では愚痴ってしまうので,妻に次のように話したのですが,

 教育はサービス業だと僕は思っている,ところが,生産業だと考えている人がまだまだ多い,僕は上質な教育サービスを提供したい,教育を農業などの生産業にたとえて表現する人がいる(例えばその子にいい肥料や水を与え,その子の成長を見守り,大きく育てる,ものすごく聞こえがいいように感じられるけど),それが根本的に僕と異なるのは,「対象の成長」がだれのためかだ,生産業では作物の成長は作物自身のためのようでいて作物のためでない,最終的に収穫し消費するためだ,僕は子どもの成長は子ども自身のためであるようにしたい,というかそうあるべきだ,けっして「立派な子」を育てて,誰かの役に立てるためではない,その子が幸せに生きるためにこそ教育はある,って。育てるんじゃないんだよ,育つんだ,その子がその子自身のために。僕はその姿が見たくて教師になったし,その手伝いがしたい。でもね,これが同僚に伝わらないんだよって。

 間違ってないですよね?結局愚痴になりました…。

 ということで来年度の課題は「見る人が見れば分かる」から「誰が見ても分かる」へ,です。』