お問い合わせ  お問い合わせがありましたら、内容を明記し電子メールにてお問い合わせ下さい。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。             

2008-11-16

[]報酬 18:10 報酬 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 報酬 - 西川純のメモ 報酬 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私は毎日、毎日、全国の人からのメールの返信をしています。毎日、最低でも2時間以上は時間をかけています。本務の仕事が立て込んでいるときなど、ものすごく大変です。が、一度たりとも誠意ない返信はしたことはありません。送られてくるメールの約2割ぐらいは不誠実なものであったとしても、私は誠実に対応しています(少なくとも私はそう思っています)。

 何故、それを続けられるか。それは私には「志」があるからです。そして、それを捨てたら、自分が腐ることをよく分かっているからです。でも、「志」や「腐る」ということは抽象的ですので、それだけではヘタリます。滅私奉公では続くわけありません。でも、心が豊かになれるメールをいただけることは少なくなく、それを読みながらボロボロと感激の涙を流せます。だから、続きます。本日もいただきました。

 『本日、「本当の友達って何か、分からなくなってきた。僕はいじめられている」と涙ながらに訴えてきた我がクラスの男の子がいたため(そんなことが出せるクラスになってきたということだと思います。以前なら、胸にしまい、我慢していたのではないでしょうか。)そのことについて話し合っていたところ、一人の女の子が「誰かがが幸せになると、誰かが不幸になるってことじゃない?みんなが幸せになるなんてありえないんじゃない?」って言い出しました。そのことについて、自由に立って『学び合い』をしてもらったところ、世界情勢や環境問題などにまでつなげてあちこちで話し合いが始まり、「幸せは分けることができるもの」「分けても減らずに逆に増えることがある」「ひとりひとりにとって幸せって違うんじゃない?」などの考えが出てきました。以前国語で学んだ宮沢賢治のことも持ち出しながら話す子も何人もいました。「私らは幸せやけど、世界には戦争で不幸な国がまだたくさんある」とか。しーんとして男の子二人でだまっているように見えたところに(やる気なくなってるのかなー)と失礼なことを考えながら近づいて「どうしたの?」と聞くと「いやー。戦争している国の人が必ずしも不幸な人ばかりじゃないし、戦争がなくて平和といわれている国の人が必ずしも幸せな人ばかりじゃないと思うんですよ。」なんて、深い話をしていました。「だから交流が必要ながよ」と自分で書いた黒板の字を叩きながら熱弁をふるっている子もあっちのほうにいました。「この人達、ほんとにすごいんだ」とまたまたこの時間も感動させられました。それらの意見が次々と子どもたちの手で黒板の上に埋め尽くされていきました。以前ならなかなか意見が出ず、しかたなしに紙に書かせ、その後私がチェックしてみんなに紹介し、そしてまた紙に書かせるなどしなければならなかった活動が、わずか10分から15分の間に自主的に生き生きと行われました。「自由に歩き回ってよい。ただし、みんなで考えなくてはならない」というだけで今まで数時間かけてやっと到達できるかどうかの意見がいくつも出てきたのです。恥知らずにも他の職員に「なかなか意見言わなくて困ってます」という報告をしていたわがクラスの子達が、何人もそこかしこで真剣に友達に声をあげ訴えかけているのです。初めに疑問をなげかけてきた女の子が「何かみんなが幸せになることもあるかも知れんと思えてきた」というようなことを言うようになっていました。

 あっ。冒頭の泣いていた男の子もいつの間にか他の子の輪に加わり話していました。その子は自分自身の行動が見えていなかったようです。それも『学び合い』の中で他の子達と意見を交流する中で気付いてきました。

 私は、時間が来たので「とりあえずこの時間はここで終わっておきますが、この疑問は、今自分の中で出た結論が最終の結論とは言い切れません。生きていくうちにいろんな事と出会う中で変わっていくのかも知れません。自分の中でずっと問い続けてみてください。」とみんなに言って終わりました。

こんないい話が今日「も」いくつもでてきました。

 新採用の同僚に先日『学び合い』について話したところ、さっそく翌日ちょっと試したらしくて「いい効果がでてきてますよー」と喜んでいました。「考え方」がわかりさえすれば特別に長い修行を積まなくても今まで以上の効果がすぐ出てくるということですね。いかに先生の理論が優れているかと言うことだと思います。もちろん、これも先生がおっしゃるようにさらに上をめざすなら、それなりの壁も出てくると思いますが、それすらも子どもたちの力を信じてさえいればうち破っていけるだろう、そしてその時に更なる喜びが味わえるだろうという明るい希望がもてる壁のように思えてくるのです。今までのややあきらめかけていた辛い閉塞感がなくなってきているところです。』