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2008-11-29

[]宮城の会 00:18 宮城の会 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 宮城の会 - 西川純のメモ 宮城の会 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 宮城の会から帰ってきました。とてもよい会でした。主催者の方が真面目で誠意ある方々であることをひしと感じます。よかった~。本当に、ご苦労様でした。

さて、私がそのような会が重要であると考えているかを説明したいと思います。

 人に説明する最善の一つの方法なんてありません。どんな方法も、合う人もあれば、合わない人もいます。『学び合い』では最善の方法を見いだそうなんて思いません。一人一人が自分にあった最善の方法を見いだせる選択権を出来るだけ与えます。『学び合い』では「みんな」の意味を語ります。折り合いをつけて「みんな」を求めることが、実は自分に返ってくることを説明します。そして、それさえ成り立ってしまえば、最善の方法は、その場、その場で、フェイスtoフェイスで考えれば良いだけのことです。

 『学び合い』の考え方は、今までの教育の考え方とは革命的に違います。私が語っても、M先生が模擬授業しても全ての人に伝わるわけではありません。それは、伝わらない人が愚かであるわけでもなく、悪いわけではありません。相性の問題です。だから、それに拘りません。だから、全ての人に伝わる方法を考えようなんて思いません。しかし、一方、伝わる人もいることも、伝わらない人が絶対にいることと同じぐらい、確かです。これが大事です。

 伝わる人に、折り合いをつけて「みんな」を求めることが、実は自分に返ってくることを語ります。これまた全ての人に伝わるわけではありません。それは、伝わらない人が愚かであるわけでもなく、悪いわけではありません。相性の問題です。だから、それに拘りません。だから、全ての人に伝わる方法を考えようなんて思いません。しかし、一方、伝わる人もいることも、伝わらない人が絶対にいることと同じぐらい、確かです。これが大事です。

 『学び合い』を伝わり、そして、「みんな」を求めることの意味を理解する人が、数人でも生まれたならば、ものすごい意味があります。今回の会を代表したMさんと出会ったのは新潟で開催された昨年の夏のフォーラムです。会の昼休みの時、見知らぬ人がいたので「どこからこられましたか?」と聞きました。「宮城からです」との返答です。話を聞いてみると、新聞に載ったY小学校の記事に触発されて『学び合い』をトライされたそうです。ところがうまくいかなかったそうです。しかし、何か心に引っかかるものがあったそうです。そこにフォーラム開催のことを知り、そのことを確かめに来たとのことでした。Mさんと半時間議論しました。今だから正直に書けますが、「この人は自分が失敗したことを正当化するために、私に議論をしつこくふっかけているのではないか???」という印象を持ちました。でも、私なりに誠意を持って語り続けました。しかし、私の想像では「この人への説明は失敗したかな・・」と思いました。ところがです、今年の1月26日にMさんからメールが来ました。それによれば、フォーラムの後、再度トライして手がかりを感じたそうです。その後、いくつかの事例解決に関してメールでやりとりをしました。メールのやりとりの中で、腑に落ちたことが分かります。そして2月23日の高崎の会には同僚二人を連れて参加してきました。懇親会で話してみると、お二人とも洗脳終了の段階です。ビックリしました。その懇親会で、本日の会の日程が決まってしまいました。そして、本日、六十人を超える人が集まる会が開催されました。だから、数人でも伝える意味を分かる人が生まれれば、十分に意味があると私は考えています。これは授業における最初の語りと同じです。全員に分かるようにしなければならないと考えると、歪みが生じます。分からなければ、その子どもが愚かであると考えたり、悪いと考えたりします。でも、愚かであるわけではなく、悪いわけではなく、相性が合わなかっただけだと考える方が健全だと思います。大事なのは、全てに分かる説明をするのではなく、「みんな」が分かることの意味を伝えられる人に伝えることです。

 本日の会で、私がどれだけ伝えられたかは分かりません。しかし、世の中に『学び合い』を学ぶために集う人がいるのは「自分だけではない」ということは可視化されたと思います。自分一人でやっていると思っていたが、実は、隣の学校に実践者がいることを発見した人がいました。相談する相手がおらず分からなかったことを聞けた人はいました。それだけでも意味があります。そして、新潟のフォーラムのMさんのように伝えることの意味を分かる人が数人はいたと信じております。

 昔は点でしたが、今は点と点が繋がり線となり、その線が絡み合っている段階です。そして、認知度が一定以上を超えたとき、面になります。そのために、地道なことをしている段階です。今、いろいろなところで種がまかれています。そして、今、各地の会が結ばれつつある段階です。私は未来に対して楽観しています。なぜなら、時代の必然だと考えているからです。そして、ゴタゴタしたご託ではなく、はっきりとした結果を出せるからです。

追伸 東京にKさんという方がいます。この前の大阪の会で初めてお会いしました。直接お会いするのは今回で2度目です。この会の懇親会で、東京で『学び合い』の会を開くと宣言しまし、日程も決めました。この展開は、Mさんと同じです。伸びる会は、参加者がいつの間にか主催者になるという特徴があります。

[]自信 07:36 自信 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 自信 - 西川純のメモ 自信 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ゼミ生がゴチャゴチャと研究していることを説明すると、「短く言って」と言います。よい研究は短く語れ、そして、心に響くものです。

 本日も『学び合い』グループのブログを読んでいました。そこで「きっと,「自信」というのは一人だけでは持てなくて,他の人と相談し意見を交わすことで「自信」になるのだと思います。

http://manabiai.g.hatena.ne.jp/D902i/20081128)」を見つけました。心に響きました。きっと、今後、この言葉を私は何度も何度も使います(もしかしたら、その当人に対しても)。

 今日は、宮城の会の日です。これから朝ご飯を食べます。