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2009-01-19

[]集団のサイズ 15:32 集団のサイズ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 集団のサイズ - 西川純のメモ 集団のサイズ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日、異学年を参観するため同志がこられました。いつもながら、感激でウルウルしつつ参観しました。その時の議論に関連して以下をアップします。ただし、同志との議論の中心は、以下のサイズの問題ではなく、異質な集団とのつながり方ですので。さて、

 数十人のクラスでの『学び合い』を実践している人に、異学年の『学び合い』を勧めたとき躊躇される方が殆どです。その理由の一つに集団のサイズの問題です。「『学び合い』は集団が多様で多数であるほど良い」と分かっていても、「そりゃ、程度があるよ」と思っている方が大半です。そのため、私が「学校全員を体育館に集め、校長先生が「どうぞ」という異学年は素晴らしいですよ」と「本気」で言っても、まあ私のほら話としか受け止めていただけません。しかし、私は「本気」で思っています。

 先生方はクラスでの『学び合い』によって子ども集団の濃密な関係を知っています。しかし、集団のサイズが大きくなれば、集団全員の中に占める、ある子どもがその集団の中で話せる人の割合は下がります。そのため、関係が「スカスカ」となってしまい『学び合い』が成立しがたい、と思う先生方が大多数でしょう。しかし、大丈夫です。

 社会心理学者として有名なミルグラムは、スモールワールド実験というものを行いました。方法はアメリカのある地域に住む人を無作為に選び、遠く離れた地域に住む人に手紙を転送するよう依頼したのです(Milgram 1967, Travers & Milgram 1969)。ミルグラムが注目したのは、いったい何人の人を経由して届くかということです。その結果、平均6人の人を介して届くことを明らかにしました。このミルグラムの実験は様々な人によって検証され、「全世界の人は6人の人を介して全て繋がる」(スモールワールド仮説)という大胆な仮説となりました。

 実際にスモールワールド仮説が正しいか否かは別にして、世間は案外狭いというのは我々の実感です。ある会合でたまたま席の横になった人と話し合ったとき、共通の友人があり話が盛り上がったということはよくあることです。さて、なぜそのような現象が起こるのでしょうか?

 単純なモデルを描いてみましょう。私は年賀状を毎年200枚出します。私は比較的多いかも知れませんが、50枚ぐらいを出す人はいるでしょう。さて、仮にみんなは年賀状を出すような人が50人いたとします。送った50人の人にも50人の年賀状を出す人がいるのですから、2段階目で2500人となります。3段階目では125000人、4段階目では6250000人、5段階目では312500000人となり、6段階目では15625000000人となり世界人口の2倍以上の人数になります。となるとスモールワールド仮説はうなずけるな、となりますが、実際はそうはなりません。何故かと言えば、我々の人間関係はクローズする傾向があるからです。

アメリカの社会心理学者がある中学校の生徒の人間関係を調べました(Rapoport & Horvath 1961)。まず、各人に親友の名前を挙げさせ、親しさの度合いで順序づけてもらいました。さて、生徒集団の中から強く繋がっている10人の集団をピックアップしました。そして、その10人の最も親しい友達を先のリストから選びました。そして、その友達の最も親しい友達を先のリストから選びました。これを繰り返しました。ところが、先に述べたように強く繋がっている人同士で一つの集団を作り上げる傾向があるので、上記の集団は一定以上には広がらず、比較的狭い集団でクローズしてしまいました。これは我々の日常経験からも一致すると思います。

我々は狭い集団を形成する傾向があります。しかし、とんでもなく離れた人とも繋がることが出来ます。どうしでしょうか?これに対して単純で画期的な解答を与えてくれたのは、ワッツとストロガッツです(Watts & Strogatz, 1998)。彼らは、基本的に狭い集団「群」の中に、離れた集団を繋ぐリンクををごく少数でも入れただけで、劇的に変わることを明らかにしました。例えば、東京はJRや私鉄や地下鉄で密接に繋がり合った町で構成されています。札幌もそうです。しかし、東京と札幌を鉄道、特に在来線でしか繋げられないとしたならば、両者の交流はかなり困難です。ところが、札幌と東京を飛行機で結んだとたんに、両者の関係は激変します。札幌と千葉、札幌と埼玉、札幌と神奈川、小樽と東京、小樽と千葉・・・・という多くの航空路を開設しなくても、たった一つの札幌と東京の路線だけで関連する地域の関係は激変します。ワッツとストロガッツはそれを科学的に明確に示したのです。

つまり、異学年によってクラスという密接な関係を持つ集団が十や二十集まったとしても、ごく少数のリンクがあれば解決できるのです。例えば、3年生と4年生の全ての子どもたちが密接に繋がる必要はありません。3年生Aと4年生Bというようなリンクが4、5あれば、クラス集団レベルの関係をほぼ実現できるのです。それだったら簡単でしょ。

このことは我々の研究の結果と非常に一致します(水落、西川 2004)。この実験では5年生と6年生の異学年を観察しています。5年は5年同志、6年は6年同志で基本的に関わっています。たった1度だけ、6年生が5年生にイメージスキャナーの使い方を教えました。それによって瞬く間にイメージスキャナーは5年生全員が使えるようになりました。何故かと言えば、6年から5年に教えている場面で、それをのぞいている子がいるからです。そして、教えてもらった5年生が別な5年生に教え、その5年生が・・・というような5年生内部のネットワークを使っているからです。

長々、書きましたが、つまり、『学び合い』の人数の上限は事実上無限であることは理論的にも、実践的にも証明されています。だって、60億人が6人の介在で繋がっているとしたら、数百人レベルでおたおたする事なんて、な~んもないですから。あはははは

追伸 多くの人にはどうでもいいかもしれませんが、一応、学者なので補足です。スモールワールドを実現する方法は、上記の方法以外に、ハブによって実現できると言うことも証明されています。つまり、特定の人がものすごく多くの人とリンクを張るという方法です。しかし、少なくとも我々の教室での観察によればそれはあたりません。まあ、ごく初期の『学び合い』では相対的にはそうかもしれませんが、長続きしません。というのは、人と人とが教室でリンクを張るにはとても大きな負荷がかかるからです。例えば、一人の人が誰かを説明するとなると、一定時間かかります。例えば、ある人が10人の人とリンクを張ると言うことは時間的には無理です。そして、我々の観察では、多い人でも5、6人で、少ない人でも1、2人程度の差しかありません。スケールフリーと呼ばれるモデルは、リンクを形成することに負荷があまりない場合は成り立つモデルですが、リンク形成に負荷がかかる教室の場合はワッツとストロガッツのモデルの方が適していると思います。

 もう一つの補足は、現在のネットワーク分析で分析対象としているネットワークより、『学び合い』のネットワークは高度です。どこが高度かといえば、自発性と可逆性の高さです。例えば、『学び合い』では、出来上がったネットワークを子どもたちは、自分たちの判断で自分たちのリンクをスクラップアンドビルドしつづけます。『学び合い』では「ねえ、お試しでいっしょにやらない?」という発言を気軽にします。これって、現在のネットワーク分析では分析対象としているネットワークにはないものです。その意味で、最も優れたネットワークだと私は思っています。

Milgram,S., "The Small World Problem", Psychology Today, 60 – 67, 1967

水落芳明、西川純: 他の学習者の学習状況を見えやすくすることによるコンピュータリテラシーの間接的伝播と効果、相互作用を軸とした異学年学習の実践から、教育工学雑誌、日本教育工学会、27(Suppl.)、177-180、2004

Travers,J. and Milgram,S., "An experimental study of the small world problem", Sociometry 32, 425, 1969

Watts,D.,J.,& Strogatz,S.,H., ”Collective Dynamics of ‘Small-World! Networks”, Nature, 393, 440-442, 1998