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2010-12-21

[]嬉しい 22:16 嬉しい - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 嬉しい - 西川純のメモ 嬉しい - 西川純のメモ のブックマークコメント

 私の住んでいる宿舎に6年生の子がいます。本当に礼儀正しく、優しい子です。4年生の息子はそのお兄ちゃんが大好きです。遊ぶわけではないのですが、毎日、朝登校がいっしょです。

 附属小学校から附属中学校に進学するための試験があります。その事実を知ってから、息子はそのお兄ちゃんが合格することを必死で願っています。その子が落ちたらどうしよう、と目をウルウルさせながら心配しています。それを見て、本当に好きなんだな~っと思います。

 本日、家に帰ると、家内がニコニコして教えてくれました。その6年生のお母さんによると、本日、その子の家に行き合格したか聞いたそうです。合格です。凄く喜んだそうです。さらに、試験日の前日には6年生の教室に行って、がんばって、と言ったそうです。

 人の幸せを願い、喜べる息子に育ったことを知り、脱衣場の隅でボロボロと泣きました。幸せです。

[]人の時間 17:03 人の時間 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 人の時間 - 西川純のメモ 人の時間 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最初に書きますが、以下のことは、私が直接やりとりしている範囲の人ではありません、またブログを読むであろう人ではありません。直ぐに、「私ではないでしょうか?」と心配する方もおられるかも知れません。しかし、そうではありません。わが同志であれば、ブログで書く以前に、その方と直接に議論します。

 私は人の時間を安く使ったことはありません。何故なら、そうすれば陰でどんな悪口を言われ、鼎の軽重を問われるかを知っているからです。それ故、長期・短期において貸し借りが帳尻の合うように頭を使います。それは、自分の時間であったり、お金であったり、便宜であったり・・それぞれをトータルに見積もり、帳尻が合うようにしています。もちろん、帳尻が合わない場合もあるでしょう。その場合は、帳尻が合わないことを謝し、長期で帳尻を合わすようにします。

 ところが、悪気無く、それを忘れてしまう人がいます。簡単な判別法は、主語(つまり自分)と目的語(つまり相手)を交換したとき、自分はどう思うか?と考えれば答えは出ます。

 でも、その当人に本当に悪気無いことは分かっているのです。そのことを強く意識しなくても、狭いコミュニティー(例えば、校内とか、地域の仲間とか、10Km圏内の親戚とか)の中でだったら、自然と帳尻が合うようになるからです。では、どうするか。長くつきあいたい人であれば、率直に話、理解してもらいます。大抵は、直ぐに分かってもらえます。ところが、率直に話せる相手ではない人、つまり同志ではない人の場合は、やんわりと関係を絶ちます。だって、損ですから。

 何故、書いたか。それは、最近、広い範囲のネットワークを持つべきだと私は書いています。その際、上記のことは大事だと思った次第です。同志の間であれば、黙って我慢してイライラするより、率直に話し合うことが大事だと思います。だって、悪気は無いどころか、善意と高い志に基づくものなのですから。互いにそれを信じて、無理なく、健全なネットワークを造りたいものだと思います。互いに、帳尻が合うように、頭を使いましょう。ということで、具体的な事例と別個に、今後の転ばぬ先の杖としてメモりました。

 ということで、「私ではないでしょうか?」と心配する方もおられるかも知れませんが、そうではありません。

[]ブレンド 16:39 ブレンド - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - ブレンド - 西川純のメモ ブレンド - 西川純のメモ のブックマークコメント

 グループ学習や集団づくりのテクニックは、複雑です。様々なプロセスの指定があります。結果として、汎用性はそれほど高くありません。でも、使う人が頭を使わなくても、そこそこ使えます。インスタント味噌汁というのがあります。料理名人が吟味し、試行錯誤し、万人受けする味噌汁の味をまとめたものです。あれと同じです。一人暮らしの家庭とか、忙しいときは便利です。我が家も、朝早く旅行に出発しなければならないときなどは利用させていただいています。

 『学び合い』はシンプルです。シンプル故に強力であり、汎用性にも富みます。でも、使う人が頭を使わなければなりません。例えば味噌は色々な料理に使えます。でも、味噌を単独で食べる人は、ま、いませんね。あれと同じです。私にとって最高の味噌汁は、家内の味噌汁です。出張から帰り、家で食事をして、最初に味噌汁を飲むと、「あ~家に帰ってきた」と実感します。あれは絶対にインスタントでは出来ません。

 少なくない人が、『学び合い』とグループ学習や集団づくりのテクニックをブレンドできると誤解しています。両方ともに有効であれば、両者を混ぜればもっと良いものが出来ると思いがちです。たしかに、インスタント味噌汁に味噌を足せば、ちょっと美味しいインスタント味噌汁になる可能性はあります。しかし、混ぜたとたんに「味噌」では無いのです。その汎用性やそれ故の強力さを失います。さらに、両者を混ぜればもっと良くなるという程度の安直な考えで混ぜれば、まずいインスタント味噌汁が出来るでしょう。何故なら、そのインスタント味噌汁の味を定めたのは、料理名人の試行錯誤なのですから。一流の授業名人には理論があり、それに基づくテクニックです。安直に混ぜれば悪くなるに決まっている。

 ブレンドすることは、テクニックにとっても考え方にとっても不幸なことです。

[]金魚の飼い方 06:59 金魚の飼い方 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 金魚の飼い方 - 西川純のメモ 金魚の飼い方 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 約5年前に書いたことを、再度書きます(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/jun24kawa/20050308)。

 私の指導教官は小林学先生です。かっては文部科学省(当時は文部省)の教科調査官で、私が中高で学んだ理科のカリキュラムを作成する際、中 心的な役割を果たした方です。教科調査官という仕事柄、日本全国の色々な学校に行く機会を持ちました。小林先生によれば、どんな学校に行っても、その学校の理科室に行き、そこに生き物(特に水槽で飼っている水生生物)を飼っているかどうかを見るそうです。それを見ると、その学校の理科の先生の力が直ぐに分 かるそうです。理科室の様子の殆どは、直前になんとかすれば何とか出来るものです。文部省の教科調査官が来るということで、あわてて整理整頓する人もいます。でも、生き物は別です。あわてて整理整頓する人だと、水槽にまで気が回りません。また、気が回っても、水槽の水草・コケの様子をみれば、やっつけ仕事か否かはすぐに分かります。小林先生は、その話をされたあと、私にどうやったら「金魚を殺さずに飼えるか?」と質問されました。皆さんは金魚の飼い方のポイントは何か、ご存じですか?

 同じ質問を我がゼミ生に質問しました。矢面に立ったYは「水槽をきれいにしたり、餌をこまめにやったり」というような返答をしました(私もそのように答えたように思います)。そこで、Yに以下のように言いました。

 そんなこと続けられるの?それに、そんなこと頻繁にやったらどうなる。例えば、毎日毎日、私がYの頭を撫でてたり抱擁したりして、「頑張ろうね!」て言ったら?毎日毎日、Yがどれだけ研究をやっているかをテストして、それに対応した指導をことこまかにやったら?それでいいと思う?

 Yはほほえみと共に、否定しました。

 小林先生がおっしゃったのは「毎日、水槽をのぞく」ということです。

 水槽の生き物を飼った人なら分かると思いますが、毎日毎日、餌をやったらば、水槽の水は濁ります。本当は、餌をやらなくても成り立つような システムを成立させることが大事です。それが成り立てば、餌をやる必要は殆どありません。金魚が出す糞は分解され、それを栄養として水草やコケが生えま す。そのコケを金魚が食べるため、水槽はコケで濁ることはありません。結果として、水槽を掃除することは殆どありません。水槽の環境が悪化するのは、過剰 に餌をやったり、過剰に日を当てたりするためです。それでは 金魚を飼っている人は何をすればいいかといえば、「毎日、水槽をのぞく」ということです。毎日水槽をのぞけば、水槽の変化に気づきます。その変化を見れ ば、別に特別の学習をしなくても、どうやればいいかは常識の範囲内で解決できることばかりです。つまり、金魚の飼い方は、とてつもなく簡単なんです。とこ ろが、多くの学校では、それが出来ません。何故かと言えば「毎日」水槽をのぞいていないからです。そのため、毎日のぞけば気づく変化を見逃し、問題が大き くなり、結果として水槽全体の生き物を殺すことになります。では、何で水槽を毎日のぞけないのでしょうか?その理由は、水槽の中の生き物を心にとめていな いからです。

 私が西川研究室のメンバーに求めるのは、他のメンバーのことを心にとめて欲しい」というこです。その理由は、それがなければ自分自身の自己実現はあり得ないからです。もし、他のメンバーのことを心にとめるならば、「どうなっているかな~」と思うはずです。そう思っていれば、それを見に行き、 話したいと思うはずです。結果として、各人の無理のない範囲で「毎日」モニターしたいと思うはずです。それが「毎日」であるか否かは重要ではありません。 また、それが1分であるか、1時間であるか、半日であるかも重要ではありません。「どうなっているかな~」という心が大事なんです。それがありさえすれ ば、あとは各人の状況の中で妥当な線が出されるはずです。

 さて、何が言いたいか、ネットで繋がっている我々を健全に保つ方法は、気に留める、ということです。「じゃあ、全部のブログを読まねばならないのか?」という反応が出るかもしれませんね。でも、それはクラスでみなさんが子どもに言っていることとたいして違いありません。全ての子が、全ての子をモニターするなんて不可能です。みんなで心がけて、モニターすれば、みんなをモニターすることが出来ます。

 もうひとつ、子どもと同じように、教えて、助けてと言えるようになりましょう。そのためにお勧めなのは、『学び合い』の会に出て、バンドルネームで知っている人と直に会いましょう。『学び合い』の同志なれば、初対面なのに、旧知の仲に直ぐになれる人は多いですよ。そして、遠方にまでにでかければ、より多様な人に会えます。そして、そういう人が一定数いれば、最近のメモに書いたように、我々のネットワークの繋がりは強固になります。

 私が最近、時間を費やしているのは、このブログ群以外を検索し、『学び合い』に興味を持ち始めた人に声をかけることです。その関係で、ブログ群でのコメントは少なめになっているかもしれません。すみません。でも、そういうことをする人「も」必要だと思います。

 みんなで、みんなを支えるために、みんなが出来ることをしましょう。それが、何よりも自分の身を守る道だと思います。