お問い合わせ  お問い合わせがありましたら、内容を明記し電子メールにてお問い合わせ下さい。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。             

2011-03-05

[]西川教 22:48 西川教 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 西川教 - 西川純のメモ 西川教 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 近代以降においてもっとも成功した宗教はなんだと思いますか?それは自然科学だと思います。だって、物質の運動は質点の運動で記載できる、とか、はては物質は粒子的であり波動的であり、てなことを本当に信じるのは宗教以外の何者でもありません。

 理系人間として自然科学という宗教はすばらしいと思っています。私は『学び合い』を自然科学のようにあるべきだとイメージします。従って、『学び合い』が宗教だといわれれば、上記の意味で宗教であると思います。だから『学び合い』教といわれれば、失笑しますが、ま、いいかなとも思います。が、西川教と言われると、う~ん、と思います。

 『学び合い』の研究の中で様々なことを明らかにしました。例えば、「能力差と人間関係で、話し合わせたときの型が予想できること」、「年齢構成と話し合わせたときの型が予想できること」等の結果は、非常に安定しています。だから、私は数百キロ離れた『学び合い』の実践者の悩みを理解し、アドバイスが出来るのです。それは統計力学の説明力のように感じるのです。

 一方、私自身は愚かです。人間的にも問題が多い。そして非『学び合い』的人間です。だから、私の姿によって『学び合い』が誤解されることが非常に怖いのです。シュレディンガーと波動方程式は別です、アインシュタインと相対性理論は別です。お二人に比肩するにははばかられますが、決してシュレディンガー教とかアインシュタイン教とは言われなかった。私は『学び合い』に反することをすれば、学生から指摘されます。なぜなら、『学び合い』のセオリーは非常にシンプルだからです。

 教育における過去の理論は、理論となっておらず、高度に個人依存的です。だから、個人の名前を冠されてもしょうがない。でも、『学び合い』のセオリーは、そして、その根拠たる実証データは個人の名前を冠されるものではないと思っています。だからこそ、二十歳そこそこの人が、私をセオリーに基づき論破できるのです。

 http://j.mp/eU89cf

 全集を出すレベルの偉大な方々、例えば、斎藤喜博先生や大村はま先生と理論レベルで若い学生が議論することが可能でしょうか?無理だと思います。それは、全集で書かれていることを一貫する理論を短い言葉で表現できる、数少ない原理原則で記載していないからです。それに近い表現は全集の中では散見されます。しかし、それらを集めたら膨大で、かつ、言っている次元が違います。従って、素人から見れば矛盾しているとしか思えない場合もあります。もちろん、両先生の中では矛盾しているのではなく整理されているのでしょう。しかし、どのような整理がされているのかは他者には分からないのです。だから個人名が冠される必然性があります。そのような点は自然科学とは違います。

 私がたいした人でないこと、人間的に問題の多いことは、人様から言われなくても、私自身が一番知っています。しかし、『学び合い』と私とは別物です。『学び合い』は自然科学に近いと理系人間として確信しています。

[]上越教育大学の教職大学院 18:37 上越教育大学の教職大学院 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 上越教育大学の教職大学院 - 西川純のメモ 上越教育大学の教職大学院 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 上越教育大学院の特徴は色々ありますが、年間のカリキュラムの配置にも特徴があります。まず、圧倒的大多数の国立大学における教職大学院は「14条適用」です。つまり、2年間ではなく、1年間は大学で学べますが、2年目は現場で通常通りの仕事をしながらです。が、新教育大学の3大学とごく少数の大学の場合は2年派遣を基本としています。そのため、じっくりと学べることが特徴です。

 おおざっぱに2年間の流れを言うと、講義は1年目の前期で殆どとれます。そして、9月~12月の4ヶ月間、教育実習です。実習と言っても学部の実習とは全く違います。週のうち2~3日実習に入り、あとの日は大学でみんなと議論したり、分析したりです。つまり行きっぱなしではないのです。それを4ヶ月間続けます。

 そして、実習はチームで入ります。つまり、一人で問題を抱え込まないですむのです。そして、実習生という立場と言うより、学校の仲間として入ります。だから忘年会にはもちろんよばれます。うちの学生が言っていましたが、生まれてから一番楽しい飲み会だそうです。そして、自分の授業能力の向上はもちろんですが、学校がどのように良くなるかを考え、計画し、実践するのです。それが学卒の二十代前半の兄ちゃん、姉ちゃんもやるのです。当然、現職院生の方は、その上を行くことがテーマとなります。

 さて2年目ですが、前期に授業は何もありません。そして、9月から12月に2度目の実習があります。1年目の経験をふまえて実習に行くのです。

 つまり、1年目の1月から2年目の8月まで、何もないのです。なぜそのようにしたかと言えば、色々な意味があります。

 第一に、学卒院生に関しては、受験勉強に集中できるようにしているのです。また、自分の持っていない免許状をとるために、学部の授業を取りやすくしているのです。上越教育大学の教職大学院は何らかの免許を持っていることが入学資格です。でも、小中高の一つだけしか持っていない人は、足りない免許を取ることが出来ます。また、中学校の別の教科の免許状を取得することが出来ます。

 第二に、現職院生さんにとってです。現職院生さんの場合、受験勉強は必要ありません。それをどう活用するか、です。実は、現任校の校長先生が認めた場合は、自分の学校で実習が出来るのです。だから、1年目の1月から修了するまでの1年と3ヶ月の殆どを、地元で実践することが出来ます。もちろん、議論のために定期的に戻ったり、発表会に参加したりする義務はありますが、基本的に地元で実践できるのです。

 じゃあ「14条」とどこが違うのか?そりゃ、じっくりと実践し、じっくりと考えることが出来るのです。上越教育大学の派遣は2年派遣です。従って、現任校で担任を持たせたり、公務分掌をもたせたりすることは出来ません。だから、自分の計画にあった限られた時間を実践するのです。もちろん、自分の実践だけ、というと現任校のみなさんから嫌われますよね。そこは、忙しい同僚がいたら「はい、よろこんで」で手伝います。実習生という戦力が増えるのですから、現任校にとっても願ったり、かなったりです。

 ということで、家庭の事情で2年は・・・という方もおられるでしょう。でも、上越教育大学の場合は、それを乗り越えることが出来ます。が、絶対に2年目は現任校で、と決まっているわけではありません。上越でじっくりとやりたい方はそれもありです。ご本人の希望によりです。ご家族と一緒に上越に来て、世帯棟に入る方の場合、子どもが地元の学校に入学したとしたら、2年間はいたいと思うと思います。

 ちなみに、地元の小学校は上越教育大学の現職派遣の方が入れ替わり入っている関係上、転校生になれていますし、転校生の占める割合が少なくありません。ということで、子どもも直ぐに馴れます。また、奥様にとって2年間はパラダイスになるはずです。だって、今まで子育てを一手に引き受けていた奥様が、旦那がいっしょになって子育てをしてくれるのです。また、世帯棟(世帯のための学生寮があり、安価に借りられます)には似たような奥様がいっぱいあります。その結果、今日は上の部屋で「パン教室」、明日は下の階で「パッチワーク教室」、明後日の夜は「奥様の飲み会」というふうになるのです。

 我がゼミの院生さんから実際に聞いた話です。2年間の修士が終わり、引っ越しの準備をしていたら、「ねえ、あんた。次に派遣してもらえるのはいつなの?」と奥様に聞かれて困ったと言っていました。あははは

 つまり、家族の事情にあわせて、多様な2年間の計画を立てられるということです。

 ね、なかなか考えられたカリキュラムでしょ?