■ [大事なこと]きっかけ

『学び合い』は考え方であり授業方法でないことを気づいたのはある学部学生の研究です。
『学び合い』を研究し始め、自己モニターという授業方法を開発しました。方法は簡単です。子どもたちに話させ、それを記録し、それを子どもたちが聞き直すという至極簡単な方法です。しかし、それによって子どもたちの会話は激変しました。
この方法は何度も実践しましたが、いずれの実践でも効果覿面です。
学部生がその方法を利用する研究をしたいと願いました。ところが学部生なので、実際の実践は調査校の先生にお願いしました。さて実践研究の結果は・・・。悲惨なものでした。しかし、今までの結果からとても信じられません。そこで授業のビデオを見直してみると原因が分かりました。
たしかにお願いした先生は自己モニターをしました。そして『学び合い』の授業をしてもらいました。が、子どもを信じられていないことが表情や仕草に現れています。ビデオからも分かるのですから、その場にいる子どもにはバレバレです。
結局、子どもは方法で動くのではありません。その方法を使っている「人」を見て動くのです。それまで自己モニターが成功していたのは、自己モニターが原因ではなく、それを実践した人なのです。それまで自己モニターを実践して成功していたのは、西川ゼミの現職院生さんです。従って、『学び合い』が分かった人なのです。それが成功の原因なのです。
それから、どんどん方法を捨てていきました。結局、残ったのは『学び合い』の考えを理解し、それを子どもに語ることに尽きます。
『学び合い』の最初にどのようにしたらいいか、というノウハウはあります。そして、それを確実にやれば必ず『学び合い』が生じると断言できます。そして、そのレベルでも現状よりもかなりましになります。しかし、その先に至るには考え方が必要です。そしてその後の様々な状況で一貫した教育が出来るか否かは「考え方」が理解できるか否かなのです。
『学び合い』は考え方で授業方法ではないことが分かっていないと、『学び合い』の授業がうまくいかないと、方法の問題だと思うのです。そうすると方法を改良し始めます。ところが、『学び合い』は教師が手を入れれば入れるほど、どんどんおかしくなります。そうなると、更に手を入れ始めます。こうなると負のスパイラルです。そして『学び合い』の問題だと考えてしまいます。
『学び合い』が考え方で授業方法でないことが分かっていれば、失敗すると、自分の心を見直します。そして、自分の心の隙に気づきます。そうなったら、子どもに率直に謝り、しきりなおします。そうすれば子どもたちが問題を解決しくれます。
私は何度も失敗しました。そして、小技で何とかしようとする気持ちが起こります。しかし、損なことでは根本的な解決には至らないことは明白です。そのため、自分の心を見直し、謝り、仕切り直します。そうするとゼミ生は直ぐに素晴らしい結果を出してくれます。
考え方、この強力さを理解すること、これが『学び合い』入門の次に学ばなければならないことだと思うのです。