■ [嬉しい]ボス
27年間、お仕えした私のボスの退職祝賀会です。一度にやると人数が多すぎるので、これはOBだけの会です。教諭、教頭、校長、教育次長や准教授、教授などがウジャウジャです。
27年間、一度たりとも陰口を言わなかった自慢の上司です。私ほど上司運に恵まれている人も少ないと思います。
■ [大事なこと]仕事のルール
私と一緒の仕事をした人だったら、私の仕事の速さはご存じだと思います。一年間の新聞や雑誌の連載は1週間以内に全部書き上げてまとめて送ります。単発だったら2時間以内に送ります。
1冊の本の自分なりの最初の版は1週間程度で書き上げます(そのあと数ヶ月かけて編集の人と加筆修正はします)。
私の過去のブログをお読みになれば分かると思いますが、私は信頼を裏切られたことを愚痴ることはありますが、忙しさを愚痴ったことは無いと思います。
この二十年間で一つのコースと、一つの専攻を立ち上げました。そのために文部科学省に提出しなければならない書類は、打ち出しで腰ぐらいまであります。それを数年間の交渉の間に書きました。
博士論文を書き学位を得ました。
29冊の本を書き、そのうち16冊は単著・編集です。
135編の査読付き学会誌論文(いわゆるA論文)を書きました。
百数十人のゼミ生の個人指導を行いました。
3つの会員数千人規模の学会の大会事務局長をつとめました。
会員数千人規模の学会誌編集委員会の事務局長を4年間務め、編集 委員長を5年間務めました。そして臨床教科教育学会の会長です。
教職大学院のコース長を5年勤め、学長補佐も3年務めました。
全国各地での講演の数は数えきれません。
もちろん大学教師として講義演習を担当しています。
でも、この二十年間、忙しいことを愚痴ったことはありません。ゼミ生は「先生は特別だから」と言います。違います。私は仕事のやり方を知っているからです。詳しくは「なぜか仕事がうまくいく教師の7つのルール」の第2章をお読み下さい。と、宣伝する。
簡単に言えば、「やりつづけること」、「仕事を見切ること」、「人とのつながり」の3つがポイントです。
■ [大事なこと]業
私の教え子が、学校現場で一人の子の人生を大きく改善できる可能性を実感しているようです。教員養成系大学の教師としてこれほどの嬉しいことはありません。同時に、「知ってしまったんだな」という悲しみも感じます。
私が高校教師だったとき、教え子を救いきれない自分が嫌でした。クラス全員を分かったような気にさせることは出来たとしても、本当に分からせられない子がいることを知っていました。エンターテーメント性を高めれば授業中は楽しく出来ます。しかし、子どもが背負っている苦しみを救うことは出来ないことを知っていました。だから、毎日、毎日、一升以上の酒を飲まないと眠れなかった。
でも、その頃は「しょうがない、私は全力を尽くした」と思っていました。でも、『学び合い』を理解すれば、私がテレビドラマ的な教師であったことの罪が分かります。そして、解決する道が見えれば、焦ります。私がもっと何かをすれば、地獄の苦しみから救われる子どものことを思えば焦ります。だから、それを解決するための良い「悪巧みを考え」、本の原稿を書きます。だから、私は常にコンピュータの前で仕事をしています。常に尻を叩かれているようなものです。
願わくば、自分が思うほどうまくいかなかったとき、自分を責めないようにして欲しい。自分が願うほどうまくいきはしないけれど、自分が恐れるほどうまくいかないこともありません。やり続ければ、少しずつは進みます。そして、物事は一人で解決するものでは無く、みんなで解決すれば良い。そのために、より多様な人とネットワークを組んで欲しい、と願います。
どれほどやるべきかを定める基準は、家族に迷惑をかけない程度です。例えば、私は毎日、家族と朝食と夕食を食べます。家でコンピュータで仕事をしても、家族から話しかけられたらどんなときもコンピュータの手を止めて、顔を見て話します。そうすれば健康を保てる。だから、一人暮らしは避けて家族と一緒の生活をすることを勧めています。
知恵の実を食べたアダムとイブはエデンの園を追放されたと書かれています。しかし、私はそうではないと思うのです。アダムとイブ、そしてその子孫たる我々は、エデンの園に居続けています。ただ知恵の実を食べたことによって、エデンの園は楽園でなくなったのです。神は知恵の実を食べるなと言ったのは、アダムとイブを楽園で生活させたかったからだと思います。でも、いつかは食べて欲しかった。だから、楽園に知恵の実をおいたのだと思います。