■ [大事なこと]大川小学校
本日は大川小学校の判決が出ました。
大川小学校の生き残った教員に刑事訴追はありません。民事訴追もありません。行政が賠償するだけです。そして、それでいいと思います。
しかし、関わった教員は一生涯負い目を負うべきです。他人からではなく、自分で自分を責めて欲しい。でも、刑事訴追もなく、民事訴追もなければ、すぐに自己憐憫と自己合意化になるででしょう。それでいいとお思います。
日本は法治国家ですから。
が、本当の救いは、償いを何かすることだと思います。自己憐憫・自己合理化「だけ」ではなく。
私はカリスマ教師を目指した自分の罪を忘れません。
■ [大事なこと]未来
年をとると、自分の利害を離れられるようになります。簡単言えば、勤務する大学が激変する前に退職が来ると思えるようになると、色々なことが見えます。日本の社会構造から導き出される教員養成系大学の未来、教科教育学の未来が見えます。その中で負け組になるのは何か、勝ち組になるのは何かも分かります。
それを見越して、平教員の出来ることをやり続けています。が、限界もあります。激変時期における圧倒的大多数の人の行動は「先送り」です。多くの場合「先送り」は最善の方法です。が、それがダメな時期がいくかきます。ダメな時期に当たれば、苦労する時期は二十年、三十年になる可能性があります。問題は、「それがいつか?」です。これは私は分かりません。今の四十歳代なのか、三十歳代なのか、二十歳代なのか?それともいまいるメンバーは全員逃げ切れるのか。
色々と考えます。
が、日本の教育のことを考えた方が、安定した結果を出せる。『学び合い』のセオリーの示すところです。
■ [大事なこと]シンプル
仕事が終わらないと言っているゼミ生に先ほど言ったこと。
人の能力にはそれほど差はない。少なくとも数倍の差はない。じゃあ、それぐらいの差があるように見えるのは何故か?おまえの場合は、色々なことを楽しんでいる。それじゃあ、時間がいくらあっても足りるわけない。何かをしようとするならば、それ以外のものを諦めることだ。
私は大学で遊びまくりました。そして、何もものにならなかったことを悔やみ大学院に入りました。一念発起して、生活をシンプルにしました。それ以来、私の趣味だったクラシック音楽をじっくり聞くことを封印しました。小説も封印しました。その他、時間が大幅に取られる楽しみを封印しました。そして、仕事に費やしました。結婚してからは、仕事と家族との時間を優先し、それ以外を封印しています。また、仕事に関しては自分がすべきこと以外には手を出しません。だから非常にシンプルな生活を送っています。毎日毎日、ほぼ同じような生活を繰り返しています。だから、論文も書けたし、本も書けたし、講演も出来ます。
ストイックでつまらないように思いますが、慣れればそれが自然です。逆に、ゴチャゴチャと色々な楽しみに時間を費やすと、大学時代の私のようにどれも中途半端な楽しみになります。
ま、志を持たない限り、わからんだろうな~