■ [大事なこと]贖罪

さっきゼミ生控え室にふらっといったら、ゼミ生が急に質問してきました。以下、その再現です。
私:え?急に何?
A:先生はよく定時制高校の教師の時のこと話すから、そうかなと思ったんです。
私:定時制高校の子どもはとても厳しい状態の中にいる。それが分かりやすかったから、若い私にも分かった。でもね、色々研究したり、現実の子どもを見ていると、小中高のどんな子どもであっても厳しい状態であることは分かるようになった。だから、ことさら定時制高校で講演したいとは思わないよ。
A:ふ~ん・・・・
私:でも、講演したくないところはある。
A:どこですか?
私:私が勤めた高校の近く。
A:何故ですか?
私:だって、私が奈落に突き落としてしまった子どもの子どもがそこにいるかもしれない。もしかしたら、教え子が聞きに来るかもしれない。それは恐ろしい。おそらく教え子は私のことを良い先生だと思っているだろう。それだけに恐ろしい。教師ドラマ的な良い教師がいかに罪深いかを今は知っているから。
A:そう、その事が聞きたかったんです。
私:自分の犯したことに真正面で向き合う勇気はない。でも、何もしていない自分が許せないから何かをし続けているんだ。
A:でも、それではいつまでも許されないのでは?
私:例えば、例は悪かもしれないけど、人を殺してしまったら、そのことは忘れられないし、忘れてはいけないと思う。仮に私は千人、万人の人生をよりよきものに導くことが出来たとしても、その人たちは私の教え子とは別だ。私は許されようとして何かをしているのではないよ。
A:一生涯許されないのですか?
私:そうかもしれない。でも、許されたいと願っている。どうやったら許されるのか分からないけどね。
私は「面白い授業」、「分かりやすい授業」で贖罪が出来るとは思っていません。もっと大きな枠組みを変えて、日本中の人が幸せになる仕組みを生み出すしかありません。その中に、私の教え子、その子ども、その孫が含まれたとしたら贖罪が可能になるのかもしれません。
地方大学の一教師の分を超えた妄想です。でも、妄想しつづけます。
7月16日のセミナー(http://kokucheese.com/event/index/466752/)の趣意書を読んだとき、そのレベルの妄想をしている人が他にもいることを感じて嬉しくなったのです。
北海道の子どもたちがどれほど厳しい未来に立ち向かわなければならないかを知っている人たちがいます。実は、その未来は、日本中の子どもの未来なのです。
■ [嬉しい]趣意書

昨日、7月16日のセミナー(http://kokucheese.com/event/index/466752/)の事務局のFBグループに初めて参加しました。そこで、会の趣意書を読んでビックリしました。なんて深い愛のある趣意書なのだろうと、感激しました。単に、子どもを可愛い、可愛いと思うのではありません。ましてや、明日の授業を楽しくしたいというレベルを遙かに超えたものです。子どもたちの一生涯の幸せを願い、現実を見据え、それを教育に生かそうとするものです。
恥ずかしながら、堀さんからのお声がけということで受けました。深くは考えず、堀さんだったら、うまく使ってくれるだろうという信頼のもとにです。
そして、このグループに参加し、趣意説明を読んで、何故、声をかけていただいたかを理解しました。
授業のやりかたではなく、Know-Whyに真正面に応えようとする会を開こうとする仲間が日本にいることを理解し、ウルウルしています。
ただ、それがKnow-Howを求める教師が多い中で、会が成立すると判断されたことに、今後の日本に大きな可能性を感じます。
よろしくお願いします。』