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イノベーション

 我々の知識・技能は高度に文脈依存的です。数学を学ぶと論理的思考が育つと思っている人が多いですが、数学を学ぶことによって育つ論理的思考は、数学の問題を解決するときに使えますが、その他の問題解決にあまり役に立ちません。そして日本人の中で大人になったときに、数学の問題解決をする人は極めて希です。

 我々の脳は、何でこんな非効率な記憶システムなのでしょうか?

 いいえ、ものすごく効率的な記憶システムです。だから、生存競争の中で精緻化されたのです。

 我々の記憶量は膨大です。だって、なんかの拍子に小さいときの何気ないことを思い出すことがありますよね。実はそのレベルのものが頭の中に残っているのです。ただ、それを検索できなければ無いと同じです。

 もし、全ての記憶の中から今必要な知識・技能を検索しようとすると大変です。例え話で言いましょう。OED(オックスフォード・イングリッシュ・ディクショナリー)という辞書があります。全23冊で構成されている辞書で、英語に関するありとあらゆる用法が書かれています。例えば、ある言葉はシェークスピアのどれどれの作品が最初に使われたということも書いてあります。これで高校英語の訳に使おうとしたら非常に非効率ですよね。必要な情報にたどり着くのに時間がかかります。情報量としては1%以下の普通の辞書を使うべきです。もし、生物学の学術論文を読むなら、それに岩波の生物学事典を使うべきでしょう。つまり、全てを使える状態にしているというのは非常に非効率なのです。

 だから我々が何かを覚えるとき、どのような状況で覚えたかというインデックスを付けます。例えば、数学の時間で学んだというインデックスを付けます。そして、数学の問題解決の時には、数学というインデックスがついた記憶が活性化されます。しかし、社会科の問題解決の際には数学で学んだ知識・技能は活性化されません。

 だから、文脈依存性を教育によって乗り越えることはまず出来ないと思います。文脈依存性を乗り越えるのではなく、「数学によって論理的思考力が高まる」という素人的な思い込みを乗り越えなければなりません。

 かつてシュペーターはイノベーションとはすでにあるものの新しい組みあわせであると看破しています。では、どうしたらいいか?

 第一には、無理にでも組み合わせてみるのです。ショートショートで有名な星新一は独創的な作品を生み出しましたが、その方法は落語の三題噺と同じ方法を使いました。具体的には時代を象徴するような言葉を書いた紙を多数つくります。そしてその中からランダムに3枚を選び、その3つのキーワードを含んだ話を考えるのです。

 私のもともとの専門は理科教育学です。どの分野にも惚れ惚れとするほど頭のいい人はいます。その人たちと戦うのはとても大変です。私のやった方法は、大きな本屋に行って理科教育学の隣の隣の棚の本を読むのです。そうやって出会ったのが認知心理学でした。おかげさまで認知心理学での研究手法を利用することで学術論文の大量生産が出来ました。今では教育研究者が殆ど読まない経営学等の本を読んでいます。

 ただ、この方法の問題点は生み出されるイノベーションがどんなものになるかを事前に予測できないのです。今、解決したい問題があり、それを解決する画期的な方法を見いだすことは確率的にかなり低い。

 私の場合は、自分とは異質な人と繋がって、その人と相談することです。私が特にお世話になっているのが大学の事務の方です。事務の人と話すと、自分にとって都合の良い法律や通達はどこにあるのか、その中の言葉の意味は何かを教えてもらえます。だから学内政治において勝率が高いのです。

 これらのことはSNSでも何度も発信していますが、何よりもゼミ生にも何度も話します。しかし、それを実践するゼミ生は多くありません。35年間教師をやってきて思うのですが、教師は人を変えられません。その人の中にあるものを出すことをやっているのだと思います。まあ、それでいいのです。その人が多くの人と繋がれば、その人は多くのイノベーションを多くの人と共有することが出来るのですから。

 ということを学校でやればいいのにと思います。