ゼミ生から「新任で『学び合い』が出来ますか?」と質問されます。私はちょこっと変えれば、話し合い活動を取り入ればアクティブラーニングとしか見えないと言います。そして、そのポイントを言います。まあ、フルの『学び合い』よりはかなり効率が下がりますが、それなりの成果を上げられます。
私が分からないのは、「じゃあ、今の通りの授業を出来るの?」と思います。
三十人の子どもには学習面も生活面でも切迫したニーズがあります。『学び合い』ならば、三十人であろうと、五十人であろうと、百人であろうと、それ以上であろうと、有機的な集団を形成すれば、一人の教師が導けます。
嫌らしいことを書きますが、私は一斉指導がうまい。もの凄くうまい。だって暴走族相手に物理の授業を成立させていたのですから。だから、「『学び合い』を否定する人の中で、俺よりうまい授業できる人いるかな」とゼミ生相手に言います。だから、大人数相手の講義の時は自然発生的な拍手が生じます。私としては、高校教師時代に培ったテクニックを転がしているだけのことです。そして、高校教師時代と同様に、熱い思いで語っているだけです。そんな私に向かって、所詮、教科レベルが分かる程度しか教師の職能を捉えられない人は語る価値がない。
若い卒業生、修了生に問います。私のレベルに達した?無理だと断定します。漫才師が一番修行になるのはストリップ小屋の前説です。「引っ込んでいる」、「早く女を出せ」という怒号の中で、話術は育つのです。暴走族相手に物理の授業という状態になった人はいないはずです。
その私ですが、それの行き着く先を知っています。絶対に三十人を見取れない。目立つ子しか見られない。過半数の子どもは「その他大勢」です。教師ドラマを思い出して下さい。台詞のある子は何%ですか。しかし、「その他大勢」の子どもにも人生があります。
多様な子どもを前にして、全員を分からせられる説明なんてあり得ない。だから、私のやったことは「全員が分かった気になる」ことです。
多様な子どもには多様な業があります。それはそう見えない子どももです。私が1年生のうちに担任した子どもの中で、最後まで卒業した子どもは3人だけです。問題ある子は私が教師である時代に退学しました。そうじゃない子も退学したのです。
私は高校教師として脱落者です。脱落して大学教師になりました。
大学教師になってから、自己憐憫に浸りながら、どうしたら可愛い、可愛い教え子を守れば良かったのか求めました。それを求め続けた結果が『学び合い』です。
『学び合い』が分かってしまうと、いわゆる名人教師の講義でも、寝ている子、拒否している子はいます。私の講義でも300人弱の中でも数人はいます。テクニックを満載しても、それは無理です。ましてや普通の教師の授業を参観すると、開始5分間で宇宙に旅たつ子どもが見えます。それが授業開始後、幾何級数的に増えるのです。しかし、授業者は気にしません。そして、参観者は授業者ばかりを見て、礼賛します。
私は、「なんで、つまらなそうな子どもが分からないの????」と思います。
問題が多い家庭の子どもがいて、救えないことを知っている教師は多い。でも、卒業式で胸を張って行進する姿が免罪符になっている。全然、救いは無いのに。
一般の教師と違って、私の研究室の卒業生・修了生は、そうでない状態を知っている。関わる学校の状況によって違いはありますが、一般の学校、その人の学んだ学校、その人が気無にした学校の子ども達と比べて段違いであることを見ています。
が、色々な理屈を付けて、今の自分を合理化しているでしょう。いや、合理化しようとする気もない人もいます。私と議論する気がありますか?私はしません。
いいのです。
『学び合い』は今のところ、子どもの苦しみに嫌になるほど共感出来る人が実践しています。私の場合は、苦しんでいません。しかし、『学び合い』が崩れると、どれほど苦しむ自分がいることは分かっています。同時に、分からないのが大多数であることも知っています。
市場を変えるのはユーザーです。見るべきものは何かを知っています。
退職まで半年強。私は私に許しを与えます。まあ、40年やったら、いいでしょ?