本日のゼミで聞かれたこと。でも、なかなかわかってもらえなかったこと。
ゼミ生からは、私が自分を分かっているか、という質問です。私の応えは分かっているということです。
「私」これは多様で重層的です。だから「自分探し」なんて馬鹿馬鹿しいと思っています。だっていろいろな人にとっての「私」は違います。私自身の「私」だって変わります。だから分かるわけない。
しかし、では「分かっている」と即答できたのか?
それは私は「私」を意図的に形成しているからです。つまり、行動の原理原則を徹底的に吟味し、それを明文化し、自分に課しているからです。何故なら、それが自分の幸せに繋がるからです。
だから、ゼミ生からの「西川先生は」で始まる質問に即答できます。何故なら私の原理原則はシンプルで汎用性が高いからです。それ故、ゼミ生は私の言動を予測できる。そして、安心して付き合えるのです。
本日のゼミで、明らかに私の返答が予想できる質問をするゼミ生がいました。私がそのことを指摘すると、「西川先生の言葉で背中を押されたい」と言いました。私は「馬鹿野郎。甘えるな。言わん」と言いました。ゼミ生はニコニコしていました。ま、予想通りの返答だったのでしょう。