長いこと生きていると、誰しも大失敗があります。学生さんも失敗し、悩みます。それを相談されたときに話す2つのことを書こうと、ふと、思いました。
大学時代、お知らせは掲示板に貼られます。しかし、大事なお知らせは友人が教えてくれるので、次第に掲示板を見なくなりました。大学院時代は、全く見ていませんでした。大学院2年の春頃、周りの人に「そういえば、教員採用試験の申し込みはまだかな~」とつぶやいたら、全員がドン引きし、「もう締め切られている」と言われて愕然としました。
教員採用試験では、ある意味ライバルです。そのため、みんなは微妙にその話題を避けていたのです。そのため、掲示板を見ていない私は見損なっていました。
これほどの馬鹿馬鹿しい失敗をした方も多くは無いと思います。
慌てて、指導教官の小林先生に相談したところ、「日本社会では学歴・履歴に欠落があることは好まれない」とのことで、研究生として残ることになりました。
受験がないので修士論文に集中し、夏休み前には書き終わりました。そうなるとあまりに暇です。生物学の博士課程に進んだ友人は学術論文を書いていました。そこで、論文を書くことになりました。その結果、日本理科教育学会研究紀要2本、科学教育研究1本、Science Education(デューイが発刊した最も古くからあるアメリカの雑誌)1本の論文を書き終えました。まあ、普通の大学の准教授に採用される程度の業績を半年程度で書き終えたのです。研究との相性が良いのでしょうね。
次の年に東京都の高校教師となりましたが、大学からお声をかけていただけたのも、上記の業績があるからです。つまり、大ぽかをした結果、大学教師になったのです。
この話をしてから、教員採用試験に落ちた学生に語ります。「過去を変えることはできないが、その過去が、よかったと思えるようなことは今からできるよ」と。
もう一つの失敗は博士課程の最終段階で博士課程に関わる本学および他大学の先生方が一堂に集まる会議の席のことです。なんと、私の指導している学生(懇意にしている校長)が大事な書類を忘れたことに気づいたのです。その手のことはゼミ集団の中でダブルチェック、トリプルチェックをするのが西川研究室の文化ですので、全く気にしていませんでした。しかし、その学生はゼミ生ではなく、そのためチェック漏れがあったのです。結果としてその会議で博士認定ができませんでした。
そのため、別日に博士課程に関わる本学および他大学の先生方が一堂に集まる会議を設けていただくことになりました。
多くの偉~い先生方が私のポカのために、時間を費やしていただくことに恐縮し、その後にどんな差し障りが生じるか恐怖しました。おそらく、私が大学教師として犯した最大の失敗です。悩みに悩みました。そして、博士家庭担当の長い、私をかわいがってくれる先輩教師に相談しました。そうしたらニコニコと「西川君は悪気はなかったんでしょ。それなら何にも問題は無い」と軽く言われたのです。正直、キョトンとなってしまいました。
当日は、私から先生方にお詫びをして、会議が始まり、簡単にお認めいただきました。その後に差し障りはなく、話題になることは一度もありませんでした。
だから、失敗して落ち込んでいるゼミ生がいるときは上記を話し、「悪気はなかったんでしょ。それなら問題は無い」と言います。
私の大好きな言葉に「寛大になるには、年を取りさえすればよい。どんなあやまちを見ても、自分の犯しかねなかったものばかりだ。」というゲーテの言葉があります。
教師になってからも、失敗したとして、それを教育に生かすことはいくらでもあります。