ICTツールを活用すれば、時短になり、それが新たな教育に繋がるという論調があります。その一例として、生成AIを学級通信や各種定型書類に活用し時短につなげるという例が挙げられています。私は苦笑します。そもそも生成AIでなんとか出来るようなものは廃止すればいい。逆に生成AIでは出来ないところは何かを特定すればいい。
改善は現状を出発点とします。改革は最終目標から逆算します。
教育における言説の多くは、未だに、発問、教材、指導法にとらわれています。先進的な言説もありますが、どう改善するかに終始しています。その一方、最終的にどのような社会と、そこに生きる子どもたちを目指すのかが見えない。あるのは、ドローンが飛び、AIやロボットが活躍する社会のようにツールのことばかり。ツールはツールにしか過ぎない。
改革の場合は、どのような社会と、そこに生きる子どもたちを目指すのかを、短文で語れなければならないのです。
残念ながら、多くの人は意味不明でしょうね。分かっていますが、教育の言説に触れるたびに苛ついてしまいます。