『学び合い』に疑問を呈する方に対して私が議論すれば、100戦100勝です。負けるわけありません。理屈は簡単です。教師一人の力量に頼る授業と、子どもたちと一緒に作り上げる授業、どちらが「まし」かという至極簡単な理屈です。
かつて、私の講義において最後に、私を論破する回を設けました(https://www.youtube.com/watch?v=fZP6WywJORc)。結局、『学び合い』の妥当性を論破できる学生(現職院生も含まれます)は皆無です。
しかし、彼らが現場で『学び合い』を実践するかといえば、おそらくしないでしょう。理由は大きくは二つです。第一は、我が身かわいさです。新しいことをやるより、周りに合わせた方が攻撃されないからです。第二は、理解は出来ても、納得していないからです。エビデンスと論理で理解させることは出来ます。しかし、納得しません。私だってそうです。振り子の周期は弦の長さによって決まりますが、おもりの重さには影響されません。そのことは微分方程式の初期段階に自身で確認の計算をしたのです。しかし、計算で結果が出たとしても、違和感があるんです。だって、10gのおもりと10tのおもりが同じと言われても納得できませんよね。
では、納得は何によって成立するか。それは周りがそれを信じるか否かなのです。もちろん集団の2.5%程度のイノベーターは理屈だけで納得します。しかし、それ以外は程度の差はあれ周りの人に影響をされます。
幸い、賛成または否定のいずれかを問わなければ、真面目に勉強している教師の中で『学び合い』を知らない人はいないでしょう。ようは、その人たちが取り入れるしか無い状態になればいいのです。近づいています。