私は基本、文部科学省の情報発信はSNSのタイムラインに流れないようにしています。馬鹿馬鹿しいですし、時間の無駄だから。でも、たまに流れてきます。それを読むとなんでこんなものに期待するのだろうか?と思ってしまいます。
情報活用能力や探究的な学びという言葉が多いように思います。そして、もっともらしい図や、もっともらしい識者のインタビューが流れてきます。なんか、もっともらしいですね。でも、一瞬で私の馬鹿馬鹿しさを共感していただけることを書きます。
皆さんの職場で、文部科学省が書いてあることを実践できる人、どれだけいますか?おそらくもっともらしいと思える人は実践できると思います。しかし、あなたでない同僚、特に「おねえ様」、「おじ様」の中で実践できる人どれぐらいですか?まあ、殆どいないと思います。そして、その「おねえ様」、「おじ様」の発言力が高い。となると、「おねえ様」、「おじ様」が納得できるレベルしか会議で決まりません。そして「おねえ様」、「おじ様」が納得できるレベルとは、いままでと同じでいいということになります。私の書いていることに何か隙がありますか?
文部科学省の決定的な誤りは、その改善を一律に課すところです。やれる人がやればいい、でも、やれる人にサポートする制度にすればいいのに。しかし、工業化社会人である人にはそれが出来ない。
じゃあ「やろう!」と思っている人はどうしたらいいか?
学習指導要領が言っていることに従うのではなく、そんなこと無関係に自分がやりたいことをやればいい。その裏付けに学習指導要領の言葉を使えばいいのです。学習指導要領は、どうとでも解釈できる言葉がてんこ盛りです。何とでもなります。
じゃあ、私の注目しているのは何か?
学習指導要領の本体ではではなく、例外規定の方です。また、構造改革特別区域法のように一見教育に関係なさそうな法律です。物事をやりたいと思っている人は、役所の中の頭のいい人のかすかなメッセージを見逃しません。進化はニッチから生まれます。