圧倒的大多数の教師が考える教師の職能とは、面白い授業、わかりやすい授業だと思います。派生形としては深い学びだと思います。しかし、教師として、研究者として40年以上費やして到達したのは、教師の職能とは自慢して子どもたちに羨ましがらされることだと思います。これには、面白い授業、わかりやすい授業、深い学びを目指す教師には一生涯到達できません。
私は教育の目的とは子どもたちの一生涯の幸せを保障することだと思っています。昔からですが、AIが発達し知識・技能が陳腐化するのが早く、一生涯の保障がなされない時代に面白い授業、分かりやすい授業が意味あるとは思いません。深い学びですらも、結局、週4時間程度で到達するレベルです。それが深いと言うのは教科の背景となる学問に対して失礼です。今、東大の問題を解けるAIのレベルが高まっています。
私は凡庸な教師、家庭を大事にしている教師であっても面白い授業、わかりやすい授業を実現する術を提供しました。結局、子どもを動かすしかないのです。そのノウハウを整理し、学術データによって精緻化し、本にしました。しかし、私の実践の場である西川研究室では、そこで書いたことを一度もやっていません。
私は、家内がいかに素敵で、家内を愛していることを延々、延々語ります。資産形成によって、老後の不安がないことを延々延々と語ります。とにかく自慢しまくります。ゼミ生は『学び合い』の質問はしません。だって、それはゼミ生の中で解決できます。『学び合い』の方法論は解決できます。だから、彼らは常に自分が不幸せになっていることを相談します。私は瞬時に回答します。
今は、他人との関わりはオンラインゼミですが、聞かれる質問はおんなじです。自分でも、なんでありとあらゆる悩みに瞬時に応えられるのだろうかと、ビックリします。