ゼミ生から子どもたちに何を語るべきかを問われたときに、以下のように語ります。
言うべきことを言えばいい。教師は子どもたちに好かれることが仕事ではない。子どもたちに言うべきことを言って納得させるのが仕事。でも、全員が納得するわけ無い。でも、君が本当にそれが必要だと言うことを確信していたら、それを分かってくれる子どもが他の子どもに伝えてくれる。教師たるもの、それを信じなければ。
と。
教師が言うことは、必ず、誰かにとっては不快になることを言います。でも、言わねばならないのです。ではどうするか?
私が大切にしていることがいくつかあります。
第一に、その指摘していることを、私は嫌いではないと言うことです。多様性の中で、直接私に被害が来ない範囲は、「そういうのもあるよね~」というスタンスです。
第二に、一対一の場面では言わない。関係する人たちの前で一律に語り、みんなで私の発言を吟味する時間を設けます。
考えてみて下さい。ADHDと診断した子どもに、ADHDの一般的な傾向を伝えることは悪ですか?もし、それが最初だったらかなりキツいと思います。でも、私は知るべきだと思うし、それを伝えるのが教師の務めだと思っています。それが名に立つためには上記2点が大事だと思っています。
ちなみに、私がゼミの話題を出しているとき、日本全国のゼミ生がそれを監視しているのです。つまり、ウソは言えません。同時に、ゼミ生もウソは言えません。つまり、私がやっていたことを正しく、私は書いています。
追伸 守らなければならない責任のある立場のない私は本当に気楽です。