私は以前から工業化社会のコードに支配されている現在の学校教育は崩壊しつつあると予言しています。しかし、多くの人にとっては、そんなこと言ったって何も変わりないと思っていると思います。
でも、そうでしょうか?
地方の方々に申します。学校合併が進行して、スクールバスでは追いつかない。以前であれば、子どもが夜遅くまで残して帰すことができました。しかし、教師の働き方改革でそれも出来なくなります。これらは少子化のためだとお考えかもしれません。違います。保護者と子どもが一条校を捨てた結果です。昔はいきたくてもいけない状態になった子どもが不登校になりました。ところが、今は、意識高い系のイノベーターやアリーアダプターが一条校を捨てて、ネット環境と給食を保証した保育園系のフリースクールにシフトしているのです。
私は文科省の文章を読みました(https://www.mext.go.jp/content/20250904-mxt-kyoiku-000043994_03.pdf )。そこには一条校が捨てられていることを意識している文章がないのです。本当は、何故捨てられるのかということをフリースクールや広域通信制高等学校と比較し、分析すべきなのです。それが無いから、個別最適な学習を選択するのが「子ども」ではなく、学校、教師にとどまっている。そして、学校、教師の圧倒的多数は変わりたくない、そして変わらなくてもクビにならないのです。
今回の改訂においての特徴的な変化は、子どもや保護者から捨てられるだけではなく、学校をリードする教師が文部科学省を見捨てたという点です。それがハッキリわかるのは、大型書店の教師用図書の棚を見れば一目瞭然です。今までの改訂では、学校をリードする教師が文部科学省の方針を読み解き、それに対応した方策を求めます。書店にはブームのように同じタイトルの本が並ぶのです。でも、今回は、今の段階においても何もありません。
何故でしょう。本を書く人たちが、さじを投げたのです。膨大な文章の中に、ありとあらゆるコトを詰め込んでおり、方針が見えないのです。それらしきことを書いてあっても、具体の段階になると以前の焼き直し程度です。
学校をリードする教師もさじを投げました。こんなことやれるわけないし、やろうとしてもラガートとそれを支持するマジョリティに潰される。それに反論できる「シンプル」な方向性が見えない。だから、本気で取り組もうとしていない。
次期学習指導要領に期待している学校関係者は、全国でも数百人にも達せないのではないかと考えています。これは危機的ではないと思いますか?
私の大学院の指導教官は文部省の教科調査官でした。その尊敬する恩師からは文部科学省の官僚が有能で献身的であることを教えられました。そして、市場占有者は改善は出来るが改革は出来ないことを知っています。でも、組織の中には次を踏まえた知恵者がいます。その人たちは、一見、ニッチで重要でないように見せた未来につながる手がかりを残します。例えば、教育機会確保法や通信制高等学校の特例事項などがあります。だから、文部科学省でやっている議論に興味はありませんが、次期学習指導要領にその手がかりが忍ばせていないかに期待しているのです。私が注目しているのは、義務教育段階で通信制高等学校の特例事項のようなものが入っていないか、です。文部科学省の資料にあるような教育課程の弾力運用はゴチャゴチャと書きすぎていて、使い勝手が悪すぎる。高等学校の学習指導要領の通信制の特例事項レベルでシンプルなものが必要です。そのためにも、義務教育段階の通信制を認めなければなりません。私が注目しているのは、それだけです。それが出来れば、KADOKAWADWANGOのような組織が自分たちで詳細を定めるでしょう。
もし、それが出来ないならば、一度崩壊させるしかないですね。そうだったら、経産省の人材育成部局でも創って、そこに非一条校を管轄させればいい。企業とそれらの学校が連携する教育システムを作ればいいのです。トヨタ学園をイメージしたらいいでしょう。それを義務教育に拡大するのです。地元の中堅企業が義務教育段階から人材確保に取り組むのです。
文部科学省の文章の馬鹿馬鹿しさに血圧が上がって、一気呵成に書いてしまいました。ご寛恕を。