■ [ゼミ]全体ゼミ
Yuの発表があり、その最後に現職院生のKさんが「もういいかな?」と質問がありました。その際、Yuは「最後に皆さんが考える良い話し合いとは何かを聞きたい」と言いました。その質問は目標のレベルと判断したので、私は「それに関しては私が応えたい。みなさんは色々な応えがあると思うが、私の願いがある。皆さんに聞いて欲しい。」と応えました。そしてYuには「そんなことはYuが決めればいい!世の中のどこかに良い話し合いの正解があるのではない。我々は正しいものを直感的に見いだすことが出来る能力を生まれつき持っている。Yuが感じる良い話し合いは、きっと良い話し合いである。それを何故、「良い」と思ったかを、質的・量的に明らかにするのが我々の学術である。出発点は自分の直感だ。君が主張しなさい。」と久しぶりに説教をかましました。
それから、2時間後、ゼミ室よこのお茶室で、Yuを横に座らせて、「今日はおまえを褒めることがある」と言いました。「何を褒めるか分かる?」と聞きましたが、Yuは分かりません。私が褒めたのは、最後の質問です。もし、全体ゼミの発表が、単なる義務ならば、人から「もういいかな?」と言われれば、直ぐに「はい」といい終わらせます。ところがYuは、それに対してさらに質問を言いました。つまり、全体ゼミを義務ではなく、自分を高める手段として全体ゼミを捉えている証拠です。
私は西川研究室の全体ゼミの目標を以下のように書きました。それはお題目で書いたのではありません。本当の願いです。Yuはそれに応えてくれました。
『ゼミの目標は、「他者から多くを得て、他者に多くを与えることによって、自らを高めていく」です。全体ゼミの目標は、「出来るだけ異質なメンバーから多くを得て、出来るだけ異質なメンバーに多くを与えることによって、自らを高めていく」という目標が設定されます。つまり「異質」がキーワードです。その目標の基に、各発表者が目標を定めてください。それは発表において明示して欲しいと思います。つまり、どのようにデータをとったらいいか、とか、この教材で子どもはついてくれるかのように、自分の発表に関して、どんな意見を求めているのかを具体的に明示して欲しいと思います。』
追伸 いうまでもなく、最後に質問したからOKであるわけはありません。何を目指しているか、何をなしているかで評価されます。そして、私は結果で評価し、過程・方法で評価していません。