■ [大事なこと]体罰

慌てて補足します。
私が高校教師時代に生徒の頭をたたいたことがないかと言えば、そんなことはありません。ただ、部活で体罰であると訴えられる状況と違います。
第一に、私は怒っていません。バカだな~っと思いますが、しょうが無いな~っと思います。そして、けじめのためにやらねばならないな~、っと思ったときにやりました。その際は、普通の表情で普通の言葉で(私は怒っていないのですから)何故駄目かを語り、それ故に頭をたたくことを語り、納得したときに叩きました。
ちなみに数少ないですが本当に怒った場合、つまり人間的に許せないときには叩きません。顔も見たくない状態なのですから、叩くのも私が汚れるように思うからです。
私の父は様々の武術の高段者で、リンゴを片手で握りつぶすような人でした。しかし、私が中学生になったとき、これからは「叩かない」と宣言しました。私はキョトンとしました。でも、今は分かります。私もそうです。愛する子どもが反抗し、その結果として殴り合いになるのは絶対に避けたいからです。そして、息子を大人として考え、理屈で話します。思春期の息子が激情しても、私の出来ることは抱いて押さえることです。
愛する子どもにそうするのであれば、他人の子どもに体罰と訴えられることをするなんてクレージーです。
■ [大事なこと]前兆

セクハラの統計が始まってから右肩上がりです。では助平な人が増えたのでしょうか?違います。今も昔も助平な人はいました。ただ、その助平を「セクハラ」という名前で分類できることを知る人が増えたのです。
文科省が体罰で処分された教員の数が増えたことを発表しました。その多くは部活動中だそうです。これも同じです。教師がやっていることは変わりありません。ただ子どもと保護者の方が「体罰」として認識し、そして訴えるようになったのです。
我々は「自分だったらどう考えるか」で判断します。ところが、それが効きません。教師になるような人の常識が、世の常識から離れているのです。部活指導で燃える人は、顧問の暴力を愛の鞭と認識し、そして成長できた人です。しかし、今の子どもと保護者は違います。
これは前兆に過ぎません。最近、何度も書いている「良い子の反乱」が起こる前兆です。今、部活で起こっていることが学習指導において起こるのです。今の一斉指導は、成績上位者と下位者を見捨てています。今のところは下位者が反乱します。しかし学級崩壊は成績上位者が反乱するとき起こるのです。過去の革命を思い起こして下さい。貧民層が反乱しても鎮圧されます。なぜなら貧民層は「自分」のことだけを考え反乱するのです。だから中間層に訴えかける力は無い。でも、エリート層が反乱するとき、中間層が従い、貧民層が武闘派になるのです。
『学び合い』に対する最大の抵抗勢力は一斉指導のエリートではありません。何の不満もない中間層です。その中間層すらも不満を持つような状況にならなければ状況は変わりません。私の考えるのは、良い子が反乱するとき、どうやってソフトランディングするかです。
教師に暴言を吐く子が一人ではなく、クラスに5人以上になったら現在の生徒指導が崩壊するシミュレーションを夏頃に出す本に書きました。子どもたちが「殴れてよ、殴れよ、おまえ懲戒免職だぞ」と脅す子がクラスに5人出たら、今の一斉指導での生徒指導のエリートも崩壊します。おそらく今の一斉指導の生徒指導のエリートはその5人だけなら何とか押さえられます。しかし、クラスの上位層が陰で糸を引いたとしたら、解決策は上位層も満足するような授業を毎日しなければなりません。しかし、中の下に合わせた授業では不可能です。そして、上位層を満足させなければ、上位層は中位層をけしかけ、クラスのみんなが下位層をけしかけます。
今の小学校、中学校の先生方が、最底辺の高校で指導すれば、教師には何も権力が無いことを思い知らされるでしょう。私は採用1ヶ月でそれを学びました。
中学校の先生は私の知らないような凄い子どもを教えたことがあるでしょう。でもね、集団とした強さを知らない。だから暴力沙汰が起こるのです。最底辺の高校で勤めれば、子どもに体罰をするなんて思いもしません。