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2010-12-23

[]併用 12:55 併用 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 併用 - 西川純のメモ 併用 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 最近、安易に併用すると悪い結果が生じるというメモを書きました。具体的な例を挙げて説明したいと思います。

 『学び合い』の研究する以前は、認知心理学の手法を利用した実証的な研究を積み上げていました。90年代の半ばは「観察」を中心に研究していました。理科で花の観察をすることを想定してください。花を渡して「見ろ」という指導はないはずです。観察して、それをスケッチなりメモなりに記録させます。さて、私の興味は、スケッチとメモ、どちらが記憶定着に有効かということです。学生にアンケートすると、多くの学生はスケッチと言います。しかし、誤りです。認知心理学によれば、映像として我々は記憶しません。映像を分解し、言葉に近い概念という単位で集積します。実際にやると、認知心理学の予言するとおり、メモの方が有効です。なぜならスケッチの場合は、言語化せずに記録します。ところがメモは言語化が必須です。そのため、メモの方が記憶定着には有効なのです。

 さて、ではメモ単独とメモとスケッチを併用と、どちらが記憶定着に有効でしょうか?おそらく教師の殆ど全員は併用と応えるはずです。おそらく、メモでは覆いきれない部分をスケッチは補完すると思うのだと思います。いや、単純に色々やった方が良いいに決まっている、という極めて単純な理由からです。でも、結果は、メモ単独の方が記憶定着は有効なのです。何故だと思いますか?

 これは、観察時の子どもの行動を見ていると明らかです。併用すると、子どもはスケッチを描きます。そして、花びらのスケッチをすると、花びらは4枚だということはメモに書きません。書くのは、手触りとか、臭いとか、スケッチに描けないことに限定されます。しかし、先に述べたように、我々は映像として記録するのではなく、言葉に近い概念で記憶します。スケッチを併用することによって言語化が阻害されるために、併用すると記憶定着が落ちるのです。併用すれば、その方が良い、というのは安直な考え方です。併用する場合、それぞれが有効である理論を理解し、それらが矛盾しないかを確認しなければならないのです。

 よく言われます。「西川さんの言っている『学び合い』の有効性は分かるよ。でもね、完全なものなんてないんだよ。色々なものを理解し、使い分けることが大事だ」と。ゼミ生以外に言われた場合は、「まったくですね」と同意します。しかし、腹の中では「困った~・・・」と思います。そして、「今の段階では、言っても理解できないだろうな~・・・」と思います。

 『学び合い』は非常にシンプルです。ところが現実の教育現場は複雑です。シンプルな原理原則で全てがOKなわけありません。その場、その場で考え、対処しなければならないのです。『学び合い』の根本理論の一つは、子ども達は有能であるという子ども観です。このことが弱いと、テクニックを併用し始めます。「これこれはしなければならない」、「これこそ、教師の出番」と考え、教師の考える最善な「方法」を強いるのです。子どもが有能であるとは考えていないのですから、何か問題がある度に、新たなテクニックを付け加えることになります。そして、本人は『学び合い』だと思っているが、完全無欠な非『学び合い』になる危険性があります。そして、問題があると、『学び合い』の問題だと言われます。本当はご当人の問題なのに・・・・・

 では、『学び合い』の考え方を理解している人だったらどうでしょうか?問題が起こったら、原理原則に戻ります。そして、自分の心を探ります。その上で、問題を一人で抱え込まずに、子ども達に投げかけます。何故なら、子ども達は有能だからです。でも、それに迷いがある場合もあるでしょう。どうしても、テクニックを併用したくなる場合があるでしょう。その場合は、子どもに率直に説明します。その際、子ども達の未熟を理由にするのではなく、自分の未熟を理由にします。これならば子どもは有能であるという軸がぶれません。従って、徐々にシンプルになります。

 先に述べたように、教育は何十、何百の人を扱う超複雑な仕事です。シンプルな原理原則で動くわけありません。でも、原理原則をバカにして、その場その場の対処療法をするのが教師の仕事と考え、教師の職能とは、その引き出しの数の多さだと思ってしまえば、相互矛盾するようなことを併用することは起こります。原理原則を理解することは必要です。

追伸 以前のメモに書いたように、『学び合い』が広がったら、全ての人が原理原則を理解し、説明できなくても結構です。でも、今の段階には、そのような人が一定数以上いることが必要だと思っています。