本日、私の教師人生の最後の講義がありました。小規模な講演や、30人規模の講義の場合は、学生さんとのやりとりで「緩く」やります。しかし、一定人数以上の一発勝負の時はガンガンに一斉指導のテクニックでねじ伏せるように語ります。このときは、肉体的以上に精神的に疲れます。「分かってほしい」と念じながら語り続けるからです。
今後も呼ばれれば講演をしますが、教師としては最後です。
でも、意地を通して良かった。私は「最終講義」というイベントは断固拒否しました。事実としての最終講義があります。それでもそこに来たい人がいるならば、拒否しません。で、福島、長野、東京、静岡の人が来ました。年休をとったのでしょう。ちなみに、後で知ったのですが、本学の教員(私の領域以外の教員)の中の私のファンが来たそうです。で、私の領域の先生は一人も来ませんでした。ま、それが私の評価なのでしょう。ということが分かっているので、イベントは断固拒否したのです。
ゼミ生:何を語るのですか?
私は:いつも言っていること
ゼミ生:いつも聞いていることを聞こうとしているのは何故でしょう?
私:歌自体はネットでもいくらでも聞ける。でも、ライブに来る人は何のために来るの?それはアーティストの心を感じたいから。
私の最終講義は学生さんと、私の心に触れたい人だけで完結できました。気持ちいい。
ちなみに、本日来た人は私と関係なく呑んでいるようです。私は家に帰って家内との晩酌を今終わりました。私の考える、クラス経営を実現しています。教師がいるから集まる集団ではなく、無関係に集まる集団の形成。
講義の様子は以下の通りです。言っていることはいつも通り。しかし、ライブだから伝わるものがあります。従って動画では伝わりません。悪しからず。
https://www.youtube.com/watch?
追伸 200人以上の学生さんから拍手をいただきましたが、一人だけ不満そうにうっぷしていました。でも、数値的には私の一斉指導のテクニックは40年たっても衰えていない。でも、最後までその一人が気になっていました。ま、退職後はそのくびきからも逃れられる。
追伸2 年をとってから、頻尿傾向です。しかし、1時間半の授業中、そして、その後の遠方からのお客様とのやりとりの間は尿意がありませんでした。おそらく交感神経の関係と思います。つまり、凄い興奮状態で講義をしたのだと思います。