これも大事だ、あれも大事だ。
そんな善意の積み重なりの結果、子どもたちが身動きできなくなっている。
教育内容の精選は昔からの話題。
でも、機械的に各教科の時間数が割り当てられ、その教科の中で精選が行われている。
その結果、全体的な精選が行われたことは近代学校教育で一度もありません。
なぜなら、子どもにとって何が必要なのかを教科を超えて語れる次元を、どの教科も持たなかったから。
これも大事だ。あれも大事だ。つねに、その教科のことだけしか考えていない人がそれを論じている。子どもは有限の時間しか持っていないのです。