今日の晩酌の際、家内と話しているときに家内と言った言葉が納得しました。長生きすればするほど、死ぬときの苦しみは短く軽いということです。そうだな~っと思いました。私の同級生には20歳代で死んだ人、40歳代に死んだ人がいます。我が父は50歳代で無くなりました。やり残したこと、いや、経験しなかったことを思うはずです。基本的な体力のある人が死ぬには時間と過程があります。
高齢になればなるほど、やり残したことは無くなり、死ぬまでの過程は短くなります。
私がどれだけ生きられるかしれません。しかし、家内の老後を守れるだけの資産形成をしました。そして、家内が死んだとき、息子はかなり有利な出発点から始めます。
変な話ですが、私が早死にするほど、住宅ローンをチャラに出来るのであれば「得」と思います。仮に、余命が分かったら、新たなコンテンツの開発はやめ、今ある大好きなコンテンツをリピートします。
このレベルまでシミュレーションしています。もちろん、凡夫の私がどれだけ徹底できるかは分かりません。しかし、悩むであろうけど、上記に落ち着きます。