■ [嬉しい]増刷
「クラスがうまくいく! 『学び合い』ステップアップ」(学陽書房)が1ヶ月少々で増刷になりました。不遜ながら自分でも世を変える力の本だと思っていますが、世に受け入れられて感謝に堪えません。2刷は3000との判断をいただきました。今後も勢いが衰えぬとの出版社の判断をいただきました。有り難い。
■ [大事なこと]教職大学院の2年間
教職大学院は様々なシステムがあります。以下は上越教育大学教職大学院、特に西川ゼミを想定してのこととご理解下さい。なお、多くの人にとっては、後半の「入り方」や「おまけ」のところが重要なのかもしれません。
<修士1年前期>
この期間は必修科目が目白押しです。月曜日から水曜日まではびっちり授業が詰まっています。が、大丈夫です。
不遜ながら私は全国各地から高額の講演料でよばれています。しかし、その私レベルの話の内容と面白さ(サービス精神)の大学教師で固めているのが本学教職大学院の売りです。最初はそのような講義を聴きます。やがて様々なメンバーでチームを組んで追求課題をやります。そして、発表します。最後にレポートを書きます。指導教員がその指導レポートのチェックをします。
<修士1年後期>
4人程度のチームを構成し特定の学校に入ります。いわゆる実習です。しかし、授業だけやる実習とは異なります。イメージとしては非常勤講師(それも副担任もある)、もしくはボランディアのようなイメージが良いかもしれません。しかし、それ以上です。その学校の課題を、校長や研究主任・教務主任と相談しながら支援します。
学部を卒業したばかりの学卒院生が校長や研究主任・教務主任とちゃんと議論するのですから、凄いものです。もちろん、現職教員はそれ以上のレベルのことをします。例えば、複数の校長と調整して、学校連携を企画するのも仕事です。
チームで入りますので、何か問題があればチームで解決します。さらに、同じ研究室内のチーム同士で議論し、協力します。
<修士2年前期>
修士1年後期の1月から修士2年前期の9月まで、全く授業がありません。何故かと言えば、学卒院生が教員採用試験に集中することが出来るためです。また、現職院生の場合は、各自の問題意識の中で、入りたい学校で実践と研究を行います。
<修士2年後期>
2回目の実習です。1年目の課題を踏まえて、本格的に実習に入ります。それをもとに学習の成果をまとめます。
<研究>
教職大学院は修士論文は課されません。しかし、西川ゼミの場合は学会発表はするし、学術論文は書きます。というとビックリされるかもしれませんが、普通にやれば学会誌レベルの研究は自動的に出来るようなシステムになっています。学生には以下のように説明します。
例えば、顕微鏡は十六世紀末にオランダで作られました。さて、もし、十五世紀に小学校にある程度の光学顕微鏡を持っている人がいたとします。その人が大発見を出来ない理由があり得るでしょうか?まずあり得ません。だって、普通に見れば、大発見になるのですから。
さて、西川ゼミでは数百大のICレコーダーと数十台のビデオカメラで子ども達の様子を記録し、分析します。さて、上記のデータが以下に価値があるデータであるかは論を待ちません。ところが、もし大学の教師が「あなたの授業の様子を記録させて下さい。あなたと子どもの全員にICレコーダーを付けて、授業の様子を3台のビデオカメラで記録させて下さい。それを3ヶ月以上お願いします」と現場の教師に頼んで受けてもらえる可能性はあるでしょうか?まず無いでしょう。そして、多くの教育研究者は上記のような手間のかかる研究はしません。というより出来ないと思います。
つまり、十五世紀に光学顕微鏡を持っていると同じなのです。
なお、在学中に学術論文を書き上げることが出来れば、奨学金の全学・一部免除になる可能性があります。
<入り方>
実習校は基本的には上越近辺の学校を想定していますが、それ以外の学校でもOKなのです。つ、ま、り、もし現職教員の場合、校長がOKしてくれたら自分の学校で実習が出来るのです。十四条の派遣(つまり、1年は大学にいて、2年目は現場で修士論文を書く)という派遣とは異なって、2年間、担任も校務もない状態でじっくりと実践と研究が出来ます。現任校も派遣教師の抜けを補う教師が補填されているので、派遣教師は「過員」のような位置で学校を支える事が出来ます。ということで喜ばれます。
つまり、本当に上越にいなければならないのは、1年目の前期の月曜から水曜日で、1年目の8月からは基本的に地元で実践できるのです。ただし、大学院修了に必要な発表の会には参加してもらいますし、月に1度程度はこちらに来てゼミ全体で議論することは必要です。
全国の『学び合い』の管理職の皆様へ。上記がどれほど意味があるか、お考え下さい。上越で『学び合い』の奥義を学んだ過員が御校に生まれるのです。ふぉふぉふぉ
<おまけ>
なお、単位を取れば小学校免許や中学校免許も取ることも出来ます。教職大学院の修了学生だけを対象とした教員採用試験の一部免除制度があります。人数制限がある場合もありますが、本学の大学院の半数は現職院生、つまり教員採用試験を受けない人なのですから、推薦を受けられる可能性が高いです。なお、中央教育審議会の答申にハッキリと教員免許の修士化が出されています。学部卒業だけで教員になるより、有利だと私は思います。
■ [嬉しい]自画自賛
昨日の読売新聞の一面は、教職大学院の定員充足が不十分であり、今後の教員養成の受け皿になるためには十分なインセンティブを与えるべき事が書かれていました。しかし、一方、終わりの方のページには、そのような状況にあっても上越教育大学は定員を充足し、地元の教育委員会との連携もうまくいっていることが書かれていました(少なくとも関東甲信越地方は)。
このようなことを書いてもらえる実績を上げられたのは教職大学院スタッフのチームワークであり、関係する方々のご協力のたまものです。しかし、少しは自分を賞めてやりたい気持ちになりました。ということで以下、自慢話です。
上越教育大学の教職大学院は私が学長に計画を立てさせて欲しいと直談判して始まりました。はじめは学長の指摘ワーキングから始まり、徐々に組織化しましたが、その最初から計画を立てさせてもらいました。一介の四十代前半の教授に一つの専攻の立ち上げを任せてもらうと言うことは異例だと思います。その後も、一貫して学長団は支持していただけました。
さて、立ち上げることになって関係する法規や答申を読んでみてビックリしました。大学の教育は基本的に大学の自由裁量の範囲が広いのですが、教職大学院の場合は小中高の学習指導要領並みに細かに規定されているのです。ある意味、小中高以上の規定があります。ところが、それに対するインセンティブ、つまり教職大学院修了生が受けるメリットは殆どありません(幸い、最近は各種のメリットが整備されていますが、当時は、ほぼ無いような状態です)。つまり、大変なのに、お得感が無いのです。調べれば調べるほど、こんなことやる大学があるのだろうかと思いました。現在もそうですが、教職大学院を立ち上げようとする大学が限られているのはごくごく当然です。平均的な大学人だったらバカにするなと言いたくなると思います。
しかし上越教育大学は教員養成のトップランナーであるし、それを失えばその存在意義を失います。何が何でも設置しなければなりません。
冷静に再度、法規を読めば、逃げ道はあります。つまり、今までの大学院の看板の掛け替えでも何とか出来る部分は少なくありません。しかし、上越教育大学はそれを選択できません。県庁所在地にも無く、新幹線の停車駅でもない大学の教職大学院に進学しようと思ってもらうためには、かなり異質でなければなりません。そもれ、他大学がまねようとしてもまねられない異質さでなければならないのです。
では上越教育大学の特徴は何か?
第一に、現職派遣の院生の割合が非常に高いと言うことです。おそらく、この特徴を持っている大学は上越教育大学と兵庫教育大学と鳴門教育大学ぐらいだと思います。この特徴から派生して、研究の実績を持つ現職教員をOB・OGに多く抱えているという特徴があります。
第二に、全国区の大学であるという点です。多くの教員養成系大学は、地元の人が進学します。ところが、新潟県には新潟大学と上越教育大学という二つの教員養成系大学があるため、例外的に全国区の大学になりました。同時に、多くの現職派遣の人は地元の大学院に進学しますが、これまた上越教育大学には全国の現職派遣の人が来ます。この特徴を学卒院生と現職院生の共に持っている大学は上越教育大学のみと思います。
第三に、地元教育委員会との関係が非常に良好であるという特徴です。もともと上越教育大学は地元の教員研修団体が中心になって誘致活動をした大学なのです。昔の話を聞くと、なんと地元の先生方がお金を出し合って大学を誘致したそうです。その経緯から、地元の学校が全面的に大学をバックアップしてくれています。例えば、国立大学の教育実習は殆どが附属学校だと思います。一方、私立大学の教育実習は学生さんの出身学校だと思います。ところが、上越教育大学の教育実習は附属学校の占める割合は少なく、大部分は地元の学校が積極的に引き受けてくれます。新潟県から多くの現職派遣の院生を送っていただいている関係で、地元学校には大学院OBも多く、中には教え子の校長・教頭も少なくありません。これは上越教育大学のみの特徴だと言えると思います。
以上3つの特徴を活かせば、他の大学がまねできない本学独特のカリキュラムが出来ると思いました。
私が基本構想を担当したのですから、そのキーワードは[臨床力]と「協働力」です。後者は『学び合い』と言っていいと思います。ちなみに教職大学院の殆どは非『学び合い』の従来型の学習で名をはせた方々です。しかし、教員同士は「よい教育を実現しよう」というミッションにおいて『学び合い』が成立しています。(だから専攻の飲み会の参加率が基本的に100%なのです)
本学のカリキュラムの特徴は、色々なメンバー(様々な都道府県の派遣、様々な大学出身)の人たちが仲間としてチームを組んで実習をします。いわゆる、現職派遣の院生が学卒院生を指導するという形ではなく、あくまでも同僚としてです。ま、指導教員が校長で、現職派遣の院生が中堅教師、学卒院生が若手教員という立場になります。これによって学卒院生が成長し、かつ、現職派遣院生との軋轢を避けることが出来ます。同時に、現場の年齢バランスの崩壊から、年配からの教えてもらった経験は豊富ですが、若年の教員とつきあう経験が不足している教員にその機会を与えます。それによって若手教員とのつきあい方を学べます。なにか問題が起こったら校長の立場の教員が断を下します。これって異学年の『学び合い』と全く同じ運営です。
ちなみに、私は二十年以上、現職派遣院生を教えていますが、その院生が大学院で学べた最大のものは仲間であると言います。それなりの年齢になり、それなりの職階につけば、なかなか相談できない色々な問題に出くわします。そんなとき、他県ではどうやっているかという情報を、腹を割って得ることが出来るのは、同じ釜の飯を食った他県の現職派遣の仲間だからです。
次に、実習校に授業するという実習ではなく、学校の仲間になるという実習を行います。学部の実習での授業は教員の仕事の一部です。教員には様々な仕事があります。それを丸ごと経験することが出来る実習にしました。そのためには、その学校の抱える問題、解決したい課題を学校から話を聞き、それにあった支援計画を立てなければなりません。これは象牙の塔で学問をしていた人では無理な話です。しかし、上越教育大学は地元の学校と良好な関係を気づいていますし、現場の学校とちゃんと話を出来る教員でスタッフを固めています。おそらく現職経験のある日本でも数少ない教育の博士号を持つスタッフをそろえているのはまずいません。
教職大学院の開設当初は「また、現場学校の教育実習負担が増えるのではないか」という恐れから地元学校の中には様子見の学校は少なくありませんでした。しかし、開設以来の実績から、教職大学院の実習生は地元学校では奪い合いの様相になっています。ちなみに、我がゼミの学生は忘年会には必ず呼ばれます。また、先生方が呼ばれないPTAの飲み会にも呼ばれることもあるのです。
以上のことは『学び合い』の理論より、また、それまでの西川研究室の運営経験からうまくいくことは自信がありました。しかし、予想以上にうまくいきました。なによりも、専攻のスタッフの個々人の力量や協働力の凄さは私の予想を遙かに超えていました。なにしろ、専攻の中で大変な仕事が誰が担当するかを話し合ったとき、だれかが手を挙げてくれるだろうということを信じられるのです。だれかが頭を使って色々なことを企画してくれます。専攻会議は週に1度あります(多くの大学は月に1度程度だと思います)が、多いという感覚はありません。絶えず、だれかが色々な提案をしてくれます。そして会議時間の5分の一から4分の一程度は馬鹿話をして大爆笑しながら会議が進みます。このような同僚を持ち得たと言うこと、それも例外がないというのは私の予想を遙かに超えていました。おそらく、専攻内教員間の悪口は皆無と思います。
このような仲間とだったら、どんどん素晴らしい教員養成・教員再教育が出来ると思います。