お問い合わせ  お問い合わせがありましたら、内容を明記し電子メールにてお問い合わせ下さい。メールアドレスは、junとiamjun.comを「@」で繋げて下さい(スパムメール対策です)。もし、送れない場合はhttp://bit.ly/sAj4IIを参照下さい。             

2012-11-29

[]仕上がり 06:57 仕上がり - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 仕上がり - 西川純のメモ 仕上がり - 西川純のメモ のブックマークコメント

 昨日は新潟市で『学び合い』で学校作りをしている学校に参観に行きました。素晴らしい仕上がりです。

 その日に授業を公開する先生が、校長室でお茶を飲んでいる私に挨拶に来ました。その顔を見て、「こりゃ化けたな」ということは分かります。理由は簡単です。普通、私が学校に行くと「この人が、変な授業の教祖だな」とか、「この先生のおかげで、また、忙しくなるのか・・」という目で私を見る先生がいます。いや、その方が多いでしょう。しかし、『学び合い』を実践し、子どもの変容を見取れば、『学び合い』が本物であることが分かります。そうなれば私を見る目が変わります。つまりに、ニコニコして親しげな表情になるのです。わかりやすいでしょ。

 私は授業を見ながら、その先生の授業を見ている先生の何人かと話せました。その会話の中で、『学び合い』の府に落ち方を探りました。質問の仕方で、どのレベルまで納得しているかが分かります。『学び合い』を本気で実践しているからこそ出る質問でした。

 この学校は良い学校になる、と確信できました。

[]折り合い 06:50 折り合い - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 折り合い - 西川純のメモ 折り合い - 西川純のメモ のブックマークコメント

 一昨日のメモで書いたことをもう少し詳しく説明したいと思います。

 そのクラスでは3年と4年の複式です。以前は「渡り」という小規模校で行われている変則授業を行っていました。つまり、一方の学年で指導して、課題を与えて自習させます。そして自習している間に他方の学年を指導し、課題を与えて自習します。そして、・・・。ということが繰り返すのです。

 『学び合い』で国語をやることによってそれを解消しました。つまり、それぞれの学年の課題を与えて、さあどうぞ、です。さらに、そのクラスのでは、毎日毎日、課題を与える段階を超えて単元レベルのことを事前にまとめて与えています。

 最近は両学年ともそれぞれの学年の物語を学んでいました。そして、それぞれの感想文を書きました。参観に行ったときは、それぞれが書いた作文を互いに交流させて高めようという段階です。その日の課題は「4人の友だちと作文を読み合う。自分の考えと同じところ、違うところをそれぞれまとめる。」という課題です。

 ところが課題を与えて、さあどうぞ、という段階で12人のクラスなかで作文を忘れた子が4人いることが判明したのです。普通の授業だったら、もうアウトです。ところが『学び合い』だったので教師の方からは「その中で全員が勉強になるように考えなさい」という至極抽象的な指示をしました。

 最初のグループ分けでは紆余曲折がありましたが、6人の異学年集団が出来ました。それぞれに作文を忘れた子どもが同数になるように子ども達が工夫したのです。

 一方のグループ(Aとします)は忘れた子がみんな自分の作文の内容を覚えていたので、「六人分の感想文を聞いて、同じところと違うところをまとめる」という教師の与えた課題に沿った課題を考えたのです。つまり、作文は忘れた子は自分の作文の内容を覚えているだけみんなに話すということで、作文を忘れたことを乗り越えようとしたのです。

 ところが他方のグループ(Bとします)は、忘れた子の一人が自分の作文の内容を覚えていなかったのです。従って、Aグループのように課題解決は出来ません。しかし、4年生のリーダー格の子が教師の与えた課題に忠実にやろうとBグループをリードしたのです。しかし、忘れた子はそれができません。そんなことでごたごたしているうちにAグループは終わりました。そしてまだ終わっていないBグループの様子を見に来ました。Aグループは自分たちは課題を変形して課題達成したことをBグループに伝えたのです。そこから3年生から、だから課題を変えてやるべきだといったのに、という意見が爆発しました。そこで4年のリーダー格の子どもは課題に忠実であるべきだと主張しました。普段だったら彼の意見がすんなり通るのに3年生は引きません。彼らは全員達成をするためには課題を変形するべきだという考えていたのです。結果として、3年生の意見が大勢になりAグループと同じような課題にして進めました。

 4年生のリーダー格にとって、このようなことが起こったのは初めてです。泣き出したのです。クラス全員が集まって全員達成を目指し、同時に泣いている4年の子をなだめながらいました。そんなドラマがありました。

 結果として全員達成は出来ませんでした。教師は教師が与えた課題には忠実であるべきだと言うことを語り、同時に、全員達成のために自分たちで知恵を出したことを褒めました。

 次の時間は、全校『学び合い』です。前の時間のことは引きずらず全員が全力を出していました。

 小規模校の『学び合い』で私が先生方に語ることは、この『学び合い』の最大の眼目は進学先で潰れない子ども、子ども集団を創ることであることです。小規模校の場合、ほぼ家庭教師状態になります。経験のある先生が家庭教師になるならば、その子との相性が良ければ、もしかしたら『学び合い』を超える学力向上が出来るかも知れません。しかし、その子が中学校、高等学校に進学したら、そのような家庭教師状態は維持できません。

 また、小規模校の場合は、自ずから固定的な序列が発生します。序列と言うより役割という方が適切かも知れません。小規模校ではそのような役割を演じ続けるならば軋轢は生じず毎日を過ごすことが出来ます。しかし、中学校、高校に進学したら様々な子どもとの衝突が起こり、6年間、9年間リーダーである子が、そうでなくなることを経験してしまいます。

 いずれの原因にせよ、それがもとで潰れることもがどれほどいるか・・・・・

 我々が子ども達が激論を戦わせ、そして泣く子がいることを、ニコニコして見ていたのは、『学び合い』によって子ども達が成長していることを確信したからです。