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2014-11-03

[]プリンシピア 21:58 プリンシピア - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - プリンシピア - 西川純のメモ プリンシピア - 西川純のメモ のブックマークコメント

 学生時代、ニュートンの「自然哲学の数学的諸原理」(プリンシピア)を読みました。というか、読もうとしました。古典力学の基礎です。現代物理学ではなく、古典力学です。基本的に単純なはずです。が、もの凄く難解でした。難解な理由は二つです。使われている手法が、というか数学的表現が私が見知っているものに比べると複雑です。でも、それと同等に分かりづらいのが、どうでも良いことをゴチャゴチャと書いてあることです。

 でも、今は分かります。ニュートンは攻撃的である一方、非常に弱い人です。だから、何を書くにしても、相手方はこう言うだろうということが、予想つきます。だから、それに対しての反論が思い浮かぶだと思うのです。現在の我々にとっては当たり前すぎるほど当たり前のことでも、当時は当たり前では無かった。そして、ニュートンはあらゆる場面で、それとの戦いに明け暮れていたのだと思います。だから被害妄想的になったのだと思います。

 何故、これを書いているか。

 久しぶりに「手引き書」を読み直してみると、それと似たようなものがあります。私には当たり前すぎるほど当たり前だけど、それが分からない人への説明の分量がやたら多いのです。でも、今はそれが必要なのです。

 ニュートンと私を比すのは恐れ多いことですが、人間的に誤り多いという点では似ています。そして、私は学生時代には共感できなかった、プリンシピアを共感的に理解できることに驚いています。

追伸 思えば、学生時代は、「無駄」な本を一杯読めたなと思います。その無駄によって、いま、発見がある。

[]再アップ 14:12 再アップ - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 再アップ - 西川純のメモ 再アップ - 西川純のメモ のブックマークコメント

 『学び合い』の研究を始めてからの時間は決して長くありません。意識的に『学び合い』の研究をしはじめたのは1997年ぐらいからです。しかし、それからは毎年毎年、目から鱗の日々です。研究を始めた当初の私が、現在、私が講演で語っていること、本で書いていることを聞いたり、読んだりしたら、「そんなアホな~」と思うかもしれません。いや、思うはずです。そして、多くの先生方にとってもそうなのだと思います。そして私と世間との間はどんどん広がっていました。

 これを詰めるために本を書きました。私が『学び合い』に至った認知研究に関しては「なぜ理科は難しいといわれるのか」という本を1999年に出版しました。私としてはそれまでの研究と決別するために、まとめの意味で書きました。そして、翌年に『学び合い』に関する最初の本として「学び合う教室」という本を出版しました。その後、「心の教科指導」、「学び合いの不思議と仕組み」、「「静かに!」を言わない授業」、「「座りなさい!」を言わない授業」、「「忙しい!」を誰も言わない学校」、「「勉強しなさい!」を言わない授業」、「学び合う国語」を毎年出版しました。

 これらの本では『学び合い』の授業のノウハウを公開しておりません。理由は、『学び合い』が確立する前に実践が世に広がり、手垢に汚れることを恐れたのです。

 どうしたかと言えば、私が口伝できる範囲の方にノウハウを伝えました。私としては安直にノウハウに流れるのではなく、悩んでいる人から直接に悩みを聞いて、その悩みは考え方の問題であることを説明し、その後にノウハウを伝えていました。だから本にはノウハウは載せていません。

 しかし、そのようなことでは広がりません。そこで2004年に『学び合い』フォーラムという会を開きました。と言いましても、第1回は小さい会です。しかし、大会主催者である西川研究室およびOBOGが約二十人で参加者は約二十人の小さい会です。それでも、繰り返していくうちに2007年には100人程度が集まる会に成長しました。理由は、2007年に群馬県の八幡小学校での『学び合い』実践が全国紙に載ったためです。ここで、『学び合い』の認識度が一段階あがりました。それまでは、新潟の大学の先生が本で書いているおもしろい実践レベルだったのが、リアリティのある実践かもしれないと思う人が増えたのです。

 うれしい反面、私は恐れました。そのような広がりのある方々に私が口伝できるわけもありません。口伝無し、ノウハウ無し『学び合い』を実践すれば失敗する可能性が高い。そこで『学び合い』は考え方であるにも関わらず、ノウハウに誤解される危険性を理解しつつ、手引き書は2007年3月29日に「奥義書」という仰々しい名前(笑いを取りたかったのです)で公開し始めました。その後、手引き書と改名し、今に至っております。

 次の段階が来ました。それは『学び合い』スタートブック(学陽書房)が爆発的に売れました。教育書としては驚異的に売れ、また、現在も売れ続けています。うれしかった。しかし心配になりました。『学び合い』ステップアップは、『学び合い』のすばらしさを伝えるすばらしい本です。しかし、そのノウハウの記述は万人向きとはいえません。

 私は、日本で一番、『学び合い』を実践している方の悩みを聞いて、サポートした経験があります。おそらく他の人の桁2つか3つは多い。その経験から言えば、その方々の悩んでいることの一部しかそこには書いてないのです。

 私は『学び合い』スタートブックを読んでやり始めたが、失敗した、という人が大量生産されることを恐れました。そこで慌てて『学び合い』ステップアップ、『学び合い』ジャンプアップを出版しました。一安心です。そして、2014年の後半から『学び合い』の本が爆発的に広がりました。これで一安心です。

 そんなときです。『学び合い』の手引き書だけで『学び合い』を始める人がいる人がいることを知りました。背筋が寒くなりました。当時の『学び合い』の手引き書は、ノウハウ本としては貧弱なものです。それで実践できる方もいますが、失敗する方もあります。

 そこで、慌てて『学び合い』の手引き書を閉鎖しました。

 『学び合い』の手引き書の再アップを求める声が来ました。悩みました。

 私が悩んだのは、『学び合い』の特徴が分かりづらくなる点です。

 おそらく、日本レベルで広がる実践の中で、実証的なデータに理論づけられている実践はほとんどありません。おしかりを覚悟で言えば、『学び合い』のみと言っても過言ではありません。実証的なデータに理論づけられた実践はありますが、ほぼ全てはごく一部の範囲にしか実践されていません。全国的に広がっている実践のほとんどは、個人的経験に基づくものです。従って、それが正しいか否かを判断するには個人が良い悪いを判断するしかないのです。個人を離れた理論書のある全国的に広がる実践を『学び合い』のほかに知りません。

 その理論書が本手引き書であり、それらを膨大な学術論文が支えています。これを閉鎖すれば、見た目には差が見えづらくなります。そこで、旧手引き書の中のノウハウ部分をカットし、再アップすることにしました。

 残念ながら、今の教育書はノウハウは商業的に成立しますが、理論書は書籍として成立しません。しかし、いつかは書籍として成り立つ時期が来れば、再度、大幅な改訂を試みたいと思います。