■ [大事なこと]指導案
本日、ある学生さんより指導案のことを聞かれました。私の応えは、「指導案なんてどうでもいい。あんなのがあってもなくても授業には関係ない」というものです。学生さんは「大学の先生からそんなこと言われても・・・」という感じです。まあ、そうでしょうね。小中学校の教員養成に関わる教師だったら、指導案は大切だと思っています。研究授業の際には指導案検討がなされ、大学でも指導案の書き方を指導します。でも、大事なのでしょうか?
私は筑波大学附属高校で教育実習を行いましたが、指導案なんて書いたことありません。おおざっぱな板書計画です。学習指導要領を引用することもなかったですし、子どもの実態や、予想される子どもの反応なんて書いたことありません。それが高校に採用されてからもです。
おそらく、大方の人は「指導案は大事」と言うと思います。しかし、そう言えば言うほど、自らの身を危うくしていると思えるのです。指導案の記載していることで授業の構造が分かり、指導を確かなものとすることが出来るとしたら、教師なんていりません。そんなのはプログラムで出来ます。昔はその技術がなかったですが、今は十分実現可能です。
私は教師の職能は指導案で記載出来るようなものではないと思っています。だから私の考える職能を持つ教師は今後も生き残るでしょう。