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問い

 日本全国の文部科学省、都道府県教育委員会、市町村教育委員会、校長先生に申し上げます。

 今から始まる授業は、子どもの幸せを保証しますか?

 今から始まる授業は、子どもの健康、命を保証しますか?

 今から始まる授業は、子どもの家庭の高齢者、持病持ちの健康、命を保証しますか?

 みなさんは、命の責任を負っているのです。

 どうすればいいか?

 分かるわけありません。

 だから、多種多様な試みが大事なのです。

私の最近の書き込みに応えて「2時間やりましたが、なんら問題ないです。ブレイクアウトでコミュニケーションとるのもすぐ慣れます。学校に来させてしゃべらせないなら、オンラインの方が断然良いですね。」とのレスをいただけました。

 きついこと書きますが、この波に乗れない人は、コロナ後の波に乗れない。

 広域通信制の波。

 文部科学省はごちゃごちゃやるでしょう。でも、無視すればいい。市場が支持していますから。

 最近、義務教育段階の通信制の可能性を聞かれました。即座に、義務教育の通信制は学習指導要領の縛りが無いフリースクールでやることを勧めました。行政と調整しても時間の無駄ですから。多種多様なフリースクールを多種多様な保護者が選ぶ時代です。

 公教育とは何でしょうか?

 公教育を運営している行政、教師のためにあるのではありません。保護者・子どものためにあります。ならば、選択肢は多い方がいい。もちろん、「基礎的・基本的学力の保証」を求める人は文部科学省の学習指導要領の学校に通学すればいいのです。でも、個別最適化した教育を求める人は、それとも違う選択肢を選択すればいい。

メリット・デメリット

 実際にオンライン授業をやったことのある方にお伺いします。

 再開後に行われる従来型授業とオンライン授業と比べて、前者が勝る点は何がありますか?私は無いと思います。あるとしたら、家庭の事情でオンライン授業を自宅で受けられない子どもの対応です。でも、学校のネット環境と機器を使わせればいいだけのことですから。デメリットではありません。

 授業準備だって至極簡単です。少なくとも動画をつくってアップすることに比べれば万分の1ですみます。いつもやっている授業をコンピュータの前でやれば良いだけのことです。各種ICTを利用するための機器の準備もいりません。

 メリットはあります。それは「子どもの健康、命」です。そして、その子どもが繋がっている高齢者、持病持ちの方の命です。

 デメリットは何でしょうか?

 教師と教育行政のマインドセットが面倒、それだけでしょう。具体的には、オンライン授業を出来る人に、「どうやるの?」と聞く手間が面倒なのでしょう。

 おそらく、やっていないから分からないのでしょう。一度でも経験すれば、自分でも出来そうだし、便利なことを知ります。ちなみに、正直に言えば私もリアルな講義の方が良いと思っていました。しかし、実際に大学で使ってみると、オンライン授業のメリットはかなり大きいと思います。少なくともゼミ生とのゼミ以外は、全てオンラインでやろうかなと思っているぐらいです。

 

校長

 今年の夏はプールを取りやめる自治体があるそうです。理由は健康診断が間に合わない、更衣室は三密であるとのことです。ある校長先生が「子どもの健康、命には代えがたい」とおっしゃっていました。悪気が無いのは分かります。しかし、私は失笑してしまいました。そして、心の中で、「子どもの健康、命に代えがたいというならば、何故、教室でみんなが学ぶことの問題を感じないのだろうか?」と、それを思って危惧したならば「子どもの健康、命には代えがたい」とは恥ずかしくて言えないでしょう。(立場上、言わざるを得ないのかもしれません。すみません。)
 ようは、教師も行政も、昔に戻す、ことしか頭になく、その危険性を冷静に計算していない。計算しようとすると、「それ以外の方法は無い」と思い無意識に思考停止になっているのです。本当はそれ以外の方法はあります、しかし、その道を選択すると自分たちが大変だからです。つまり、無意識のうちに、子どもの健康、命より、自分が変わるめんどくささを避けたいことを優先しているのです。もちろん、無意識です。
 もしも、「子どもの健康、命には代えがたい」と思っているならば、行政の一律の方策以外に、何かをすることを管下の職員に許すでしょう。一律を求める保護者、行政、学校の同僚から疑問が出るでしょう。当然のことです。その場合は、今の状態に一律の最適解が無いことを説明し、多様な方法を探るべきことを語るべきです。
 私は管理職の最大の仕事は、人の嫌がることを求め、説得し、最後は理解させることだと思います。しかし、教頭の延長上に校長があると思っている人には、それが出来ません。
 教頭は職員室にいて、校長に校長室があるのは、職員の嫌がることを言うためだと私は思っています。つまり、職員室の村社会から距離を持てるからです。