■ [大事なこと]敗残兵
二つの選択肢があります。一つはプロ野球のエース投手、もう一つはそのチームの投手コーチ、我々のなりたいのはどちらでしょうか?おそらく、多くの人にとっては、迷わず前者でしょう。この選択肢がJリーグのエースストライカーとコーチに変えても同じでしょう。例えば、コーチから色々な指導、指示が受ける立場であっても現役選手を選ぶでしょう。ピアニストのアシュケナージと、彼を教えたモスクワ音楽院の教師と、どちらになりたいでしょうか?これまたアシュケナージです。
今日の夕食、息子が「お父さんの仕事は何?」と聞きました。私は「先生の先生だよ」と言いました。息子は、「先生の先生になることが夢だったの?」と聞きました。正直、どきりとしました。そして、「お父さんは先生になろうと思ったけど、でも、先生より先生の先生の方が自分に向いていると思って、先生の先生になったんだよ」と正直に答えました。
自分の話術や教材の多様性をいくら誇っても、それが本当だったら、私は大学の教師ではなく高校の教師のはずです。私には、それでは救えなかった子どもの影が山ほどある。自分の教え子の退学処理を頭で計画しながら、その教え子の指導をするということを耐えることが出来ず、毎日、一升以上酒を飲み続けていました。それでいながら、自分はエース級の教師のテクニックがあると高校教師時代は思いこんでいました。でも、本当に、本当に、素晴らしい高校教師ならば、大学教師になるわけはない。高校教師のまま、定年まで勤めるはずです。だから、私は高校教師だったときに自分の武器だったものを恥じ、それは限界があることを学生さんに伝えたいと思っています。
その後、家内が「お父さんは、先生に大事なことを教えているんだよ」と言いました。息子は「お父さん、言っていることと、やることは違うんだよ」と言いました。我が息子に小気味よく、完敗です。この種のことを息子と話したことも、いや、息子の前でその種の話を話したこともありません。正直、そら恐ろしく感じます。そこで、「その通りだよ。だから、○○先生(息子の担任)はとても凄い先生だね」と言いました。