■ [嬉しい]若さ
今私は51です。考えれば、私が学生だったとき、指導教員として仰いだ先生方の年になりつつあります。その頃、その方々は学生である私の考えるようなことを超越し、大人の境地に達していると思っていました。ところが、今の私は学生の時代と殆ど違いません。愚かであり、失敗も多い。
佐賀では朝から夜まで実に多くの人と会った。ふと思いました。その方々は、年齢も職階も立場も全く違います。しかし、話していると、私が気恥ずかしくなるほど、純粋なのです。まるでみんな少年であり、少女のようです。年齢を超えて、愛しく、抱きしめたくなります。みなさん、私と同じように心は若いままです。そして素直に出せる集団の前では素直出せるのです。
そのような集団の輪の中にいられ、あまつさえ、大事にされている自分の幸福を感じます。これだけの人数と多様性があれば、何でも出来ます。
ある方に言いました。2年で佐賀を何とかして、と。そして、出来ない理由を述べよ、と。何もありません。そうです。出来ます。
■ [大事なこと]愛
色々な人と話していると、「教育は愛である」という陳腐な言葉が本当だと思う。私はゼミ生を本当に可愛いし、信頼している。それが全ての源泉だと思う。だから、子ども信頼し、求め、自慢して欲しい、と多くの人たつに語り、そして私がまず自慢しました。
■ [嬉しい]昨日
昨日は色々なことがあった。
まず、1時間目から同志の学校の授業を見に行った。不覚にもその同志が特別支援担当の教師であることを知らなかった。でも、見に行って本当に良かった。この目で特別支援に『学び合い』が本当に有効であることを再確認できた。正直、「この子たちが特別支援????」と思った。多少は、その教科は不得意なのかな・・・、と思う場面があったが、それ以上に有能な面が多かった。集団内のコミニュケーションは成立していた。また、分からない言葉があると辞書を調べて解決していた。また、さすがというひらめきの言葉も少なくなかった。少なくとも私の地元で『学び合い』を取り組んでいる学校だったら、問題なく健常児のクラスに在籍できるレベルだと思った。
比較的大きな学校なのにもかかわらず、その学校の特別支援学級は1クラス。それも5人だけ。これが何を意味するかと言えば、その学校の先生が他校では特別支援学級に入るであろう子どもを自分のクラスで育てているということだ。一言で言えば、支え合っている学校である。校長先生の学校経営がいいのだろう。
次の時間は、健常児での『学び合い』の授業を参観した。意欲的な課題設定だったので、色々な面白い現象が起こり楽しかった。
終わり次第、大分市に移動、教育委員会に説明をお願いに行った。ところが、いつもと様子が違う。ずばっと本題に入った。そして、ありがたい言葉をいただけた。信じられないほどの誠意を感じ、目頭が熱くなった。教育委員会で目頭が熱くなったのは生涯で初めて。思わず、担当の方に握手を求めた。感謝、感謝である。誠意は誠意によって報われると思った。
終わり次第、直ちに学校に戻り講演。気持ちよく語らせていただいた。終わり次第、直ぐに福岡に移動。福岡では駅に迎えにきてもらえた。直ちに、教員採用試験の『学び合い』と塾の『学び合い』のコラボを参観した。ブログ等で流れていたこと通りです。セオリー通りの展開。
ところが、そこに集まってきた教師の『学び合い』があった。これには私の頭はフル回転。研究者の「かん」で、これは大鉱脈になると感じた。昔は職員室のお茶のみ場でゴチャゴチャ話す教師は多かった。そこで学び、救われた。私もその一人。でも、今、多くの学校でそのお茶飲み場が廃れている。ところが、今、私の目の前では学校を超えたお茶飲み場が生まれている。まるで碁会所に集まる人のよう。これは凄いと思う。嬉しかった。
終わり次第、飲み会。色々な人と会い、色々な話をした。皆悩みを抱えつつ、乗り越えている。こういう人たちと仲間であることを誇りに思った。
で、ホテルで寝たのは1時。7時に起きる予定だったが、体の体内時計は正確で、いつも通りに5時50分に自然と起床。
教も色々な面白いことに出会えそう。ワクワクする。
追伸 飲み会の最後に、「俺は日本一幸せな教育学者だと思う。ごく普通の人間なのに」と同志に言った。そうしたら、にこっと笑って「そうでしょうね。日本一幸せな教師(つまりご当人)を生み出した人なのですから」と言われた。最高の賛辞だと思った。