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2014-10-30

[]進路 21:58 進路 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 進路 - 西川純のメモ 進路 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 教員養成系に約30年務めて、数多くのゼミ生を指導しました。従って、「私は教員になるべきなのでしょうか?」と悩む子はいます。その子に対して、以下のように理詰めで話します(理系なので)。

 まず、その子に「じゃあ、教員じゃ無くて何になりたいの?」と聞きます。それに対して具体的な職業(大抵は、客観的に見ればリアリティの無い職業)を挙げる子と、「それが分からないのです」という子がいます

 前者の子に対しては、「じゃあ、それになるために必要なことは何?」と聞きます。大抵は答えられません。また、「それになるために、その業界の誰かと知り合い?」と聞きます。大抵は答えられません。そうしたら「君はその職業になりたいと願っているわけではないよ。願っていれば、情報収集するし、人と繋がるはずだ。それがないということは、せいぜい、教員になって良いか分からないから、という程度に過ぎないよ」といいます。ちなみに過去において、これにちゃんと答えられたのは、一人の他大学学生だけです。その子に対しては、「教員は素晴らしいけど、君が望むならば、その方向で全力を尽くしたらいいよ」といいました。

 さて、以上から、ほぼ100%教員になる踏ん切りがつかないということに過ぎないのです。結婚直前になって「この人で良いのだろうか?」と悩む、マリッジブルーと同じです。中には「海外を巡りたい」等の経験をしたいという人がいます。いわゆる「自分探しの旅」です。しかし、結局、問題の先送りに過ぎません。どんなに先に送っても、神が降臨し、「なんじは、これこれになりなさい」と告げられることもありません。ユーレカーと叫ぶような啓示を得ることはありません。結局、踏ん切りを付ける気が無ければ、だらだらと先送りするだけです。そして、「あ」と気付は三十路をとうに超えてしまます。その頃になって、やっと踏ん切りがつきます。ところがその頃になると二十代前半に比べると圧倒的に可能性が狭まってしまます。つまり、悩み損、先送り損になります自分をいくら探しても、自分は見つかりません。自分自分が作るしかありません。そして問題を先送りすると、いかに不利であるかを具体的な事例をとりまぜながら話します。おそらく、若い人にとっては身の凍るような話です。

 とはいものの、「自分探し」をしたがる人にはもう少し話します。

 それは幸福の話です。

 人は快を求め、不快を避けます。ただし、人は快に直ぐに慣れてしまますので、「不快で無い」というのが快の実態だと思います

 さて、快、不快は何故あるのでしょうか?人が感ずる快・不快は概ね一致しています。何故でしょう?それはDNAの中に組み込まれものです。なぜDNAに組み込まれいるかといえば、次世代に子孫を残すためです。逆に言えば、DNAに組み込まれていない個体は子孫を残せませんので、そのようなDNAは淘汰されます

 従って、我々は生きて、子孫を残すことが快につながるようにプログラミングされています。(正確に言えば、自らの子孫で無くても良いのですが、話を単純にするためそうします)人がトドのようにハーレム形成し、ごく一部のオスのみが子孫を残すような生物であれば、男はそれを快と感じるようにプログラミングします。ところが、人はそうではありません。基本的に一夫一妻です(少なくとも子育て期間が終了するまでは)。

 つまり、人の幸せとは、伴侶を持ち、子どもを育てることです。それに必要収入を確保できる職に就くことです。幸い、今の日本はそれを実現する道は多い。だから、あとは、なりたい職では無く、なれる職の中から選ぶのです。

 学生さんには「君が東大法学部だったら、教員になりたいといったら、やめなさい高級官僚になりなさいというよ。慶應経済学生さんだったら、やめなさい会社に勤めなさいというよ。君が医学部学生さんだったら、やめなさい医者になりなさいというよ。今まで学んだことを、活かせる職に就きなさい。どんな職に就職しても幸せになれるし、どんな職に就職になっても不幸になれる。重要なのは何になるかでは無く、その職業で何をなすかだよ。もし、君が教員養成系の学生さんならば教員になりなさいというよ。教員は素晴らしい職業だよ」といいます。そして、教員ならではの素晴らしさを語ります

 最後に、「君にとって私はどう見えるか分からないけど、私の日常はごく普通のことをコツコツと毎日積み上げていることであり、決して劇的ではない。そして、私の幸せの9割以上は家族との生活にある。だから普通生活の中で幸せを見つけるようにしなさい」と言いますゼミ生だったら、私の生き方はその言葉通りだということは分かっているはずです。

 この手の話は「自信たっぷり」に話します。何故ならば、迷っている学生さんには必要なことだからです。そして幸いに、以上のことに関して私は迷いはありません。そして、迷っている学生さんを見るたびに、頑張れ、と思います。そして、その迷いの無い自分の現状の幸せを思います。絶対に、二十代、三十代に戻りたくありません。肉体的には色々なことは出来ますが、その時代の人の不安と苦労は味わいたくない。

 若い方へ。大丈夫。あと二十年もがけば、結果はついてきます