本日は、久しぶりのお客様が来ました。その方からの質問を受け、応えました。後から後から、典型的な『学び合い』の質問を受けました。ほぼ、脊椎反射で応えます。
面白かったのは、なんだか知りませんが、お客様と私が話し合っている部屋にゼミ生が集まっているのです。集まっているのですが、食事をしたり、寝ていたりして、我々の会話に参加していないのです。私とお客様の会話を鑑賞しているのです。
私が「久しぶりに『学び合い』の質問を受けた。」と言うとお客様はビックリしていました。「そうなんですか?」とお客様が聞くと、ゼミ生は頷きます。授業レベルの『学び合い』は本に書ききっていますし、それがゼミの文化になっています。ようは、誰かに聞けば分かるレベルになっているのです。
「『学び合い』は授業方法ではなく、ホモサピエンスの生き方の戦略です。だから、ゼミ生は日々の悩みを私に聞きます。私は『学び合い』のセオリーで応えます。ま、明日はゼミ生と私との会話を聞いて下さい」と言いました。
『学び合い』は授業レベルでも完成されたテクニック群があります。しかし、卒業後の子どもの人生をよくしたいなら、その先があります。それは幸せとは何か、そのために何をすべきかがあるのです。授業レベルは人生100年のうちの5年程度(多くの場合1,2年)の戦略なのです。
そのうちわかるでしょう。西川ゼミならば3ヶ月以内に分かることですから。
追伸 これが分かるのは頻度ではないように思います。月4回の問答をするオフラインゼミも、月2回のオンラインゼミも、ま半年です。そのころになると、いい授業をするにはどうするかではなく、自分が幸せになるにはどうするかに意識が向きます。それが定まれば、子どもに対しても迫力のある語りが、ニコニコしながら出来ます。