私が退職することに対して、丁重な挨拶をいただき恐縮しています。しかし、改めて説明する必要があると感じ、書きます。
皆さんにとって、私の商品価値の中で「上越教育大学教授」の占める割合はどれほどでしょうか?おそらく、5%も無いと思います。学外からいただくお仕事のほぼ100%は上越教育大学と無関係です。38年間の大学教師時代、上越教育大学としての私への仕事の依頼は両手にも届きません。
院生も同じです。数百人の教え子の中で上越地方の人は5人程度です。一方、他県の人の割合は異常に多い。つまり、上越教育大学に入学したから西川ゼミではなく、西川ゼミに入りたいから上越教育大学に進学した人の方が多い。(結果として、上越教育大学の大学院希望者が見事に下がっています)
私がやめるのは「上越教育大学教授」なのです。つまり対外的には95%以上は変わりません。昨日もオンラインゼミで楽しく教師をしました。従前の基準をクリアーできるところには講演もします。書いてほしいテーマを与えていただければ3日で本は書けます。
じゃあ変わっていないのかと言えば、変わっています。
約20年弱、ずっとコース長、領域長でしたが。そして、その前から教職大学院を任されました。結果として、多くの人の人生に責任を負いました。具体的には、一分、一秒でも早く、仲間を教授にすることに心血を注ぎました。そのため、私の嫌いな分からない人たちとの交渉ごとを続けました。これはストレスがかかります。私の研究室に電話がかかるとドキドキします。大抵は、何らかの問題が起こったときです。その途端に、主に事務の課長レベルの人との交渉が始まります。普段から頻繁に話し合っているので、落としどころは分かります。これが二十年以上続いたのです。(それ以前は戸北先生が守ってくれました)
最後の年の本年は「長」から解放されました。解放されたら、自分がいかにハードであったかを知ります。人の人生に責任を負うことはとても辛いことです。
では本年はどうか?
私が責任を負っているのはゼミ生だけです。でも、何もしないでもうまくいっているゼミですが、本当に何もしなければうまくいきません。心の中で本当にゼミ生の幸せを願い、見続けることはハードです。だって、数十人のゼミ生と問答をして、言動を見ていれば、何が起こっていることは見えます。でも、ゼミ生たちは私に頼っても解決できないことを知っており、自分たちで解決しようとしています。それが分かるのです。定型的な授業をやり続けるよりは、雲泥の差です。その責任から解放されたこの数日。本当に気が楽です。ちなみに、オンラインゼミ生の場合、私が組織外の人間であることは知っています。そして、悩みの解決の主体は自分であることを自覚しています。だから、誠心誠意サポートはしますが、責任は負わなくて良いのです。
今は大量の引っ越しの箱と格闘する家内を支えることに注力しています。ゼミ生諸君、例のコンテンツを楽しむ時間が無いのです。
話を戻しますが、ようは、私は上越教育大学教授ではなくなったという、日本中の圧倒的方々にはどうでもいいことが起こったと言うことです。