■ [大事なこと]場面緘黙
我々はどうしようもないことに出くわした時、何らかのラベルを貼って安心したがる部分があります。例えば、「場面緘黙」という言葉もそういう危険性があります。でも、ラベルを貼って、しょうがないと思うのではなく、それを乗り越える努力をしたいですね。ある同志からのエピソードです。何度読んでも泣けます。でも泣いてばかりいられません。我々は、これを積み上げなければならない。
『クラスに場面緘黙の子どもがいます。引き継ぎでは「コミュニケーションは筆談で、感情は表に出ないので笑いません。」とのことでした。
『学び合い』を始めても、最初は一人でいることが多くクラスの子ども達もほとんど話しかけることもありませんでした。初期段階なので、しつこく「みんな」を求めて数日目、理科の観察の時間、ある子が「H君、あっちにテントウ虫がいたよ。」と声をかけ、一緒に観察に行きました。観察カードにはきれいに色塗りされたテントウ虫が…。ある女の子いわく「H君ニコニコしてた。初めて見たかも。」
それからは、一人でいることもありますが、国語でも算数でも必ず誰かとコミュニケーションがとれるようになりました。Hは声は出せませんが、口は動きます。今年は筆談ではなく、唇を読んで話をしています。ある日、国語の「スピーチをしよう」の発表の日。いちばん前の女の子が心配そうに「先生、H君はできないと思います。今までもこういうときはしませんでした。」と言いました。が、あえて「みんな」を求めました。心配そうなHには、「みんながついてるよ。大丈夫!」とニコニコして言いました。
「みんなに伝わるようにスピーチをしよう」と課題を出して、あとは子ども達にお任せです。一人ずつ、やりたい順にスピーチが進んでいきました。が、やっぱりHが最後になってしまいました。
ゆっくり前へ出ていくH・・・と同時に「おれがH君の声になる!」「おれも!」二人の男子が前へ出ていきました。Hは二人に原稿を手渡すと、前に立ち、みんなの方を向いて口を動かし始めました。それに合わせて男子二人が原稿を読み始めました。
「ぼくが好きなことはサッカーです。・・・」Hは最後まで口を動かしていました。原稿を覚えていたのです。男子二人もピッタリ読み切りました。クラス全員が拍手喝采。思わず3人を抱きしめてしました。不覚にも涙が。
Hはその日、私のつまらない冗談に爆笑してくれました。笑っているHに隣りの女の子が「今度H君の声きかせてね。」というと、Hは笑いながらうなずいていました。
Hの学年の引き継ぎ資料に「場面緘黙」と記載されていました。元担任との引き継ぎでも、学校では全く話さないので、コミュニケーションは筆談で行っていたと。話ができないので、一人でいることが多かったと。家庭訪問では、家では普通に話ができるし、近所の方とも話ができるが、保育園から小学校の今まで全く話すことができず、週1回通っている通級教室でも全く話すことができないと。
ある日、1校時の後半、いつものようにある子が彼に説明をしていました。いつもはうなずいたり、筆談したりしていたのですが、何か様子がいつもと違いました。彼が耳元で何かしている様子。それを見た女子4名が加わり、内緒話のようなことをしていました。もしかして・・・と思った所に、「先生、Hくんがしゃべった!」と目に涙を浮かべて女の子がやってきました。「わたしが何の果物が好きなの?って聞いたら、”ぶどう”だって!はっきり聞こえた~」といって泣いてしまいました。次々に「私も初めてH君の声聞いた~」授業どころではなくなってしまいました。
保育園から5年以上誰とも話すことができなかった彼が…思わず握手して抱きしめてしました。「無理しなくていいんだよ。少~しずつね。みんなでよかったね。」というと、素敵な笑顔を見せてくれました。
とんでもなくうれしい出来事でした。ありがとう、みんな。『学び合い』のおかげかどうかはわかりませんが、みんなが、みんなで、みんなをなんとかしなくては…という意識が彼を動かしたことだけは間違いありません。彼は、算数のテストも30→80→95点と飛躍中です。ということで、その日を勝手に「おしゃべり記念日!」としました。
4月のスピーチの発表以来少しずつですが変化が起きています。
授業中一人でいることはほとんどなくなりました。必ず誰かがそばにいます。音読のときには、声になってくれる子が増え、今では彼の番になると群読状態になっています。休み時間一人で教室にいることがなくなりました。みんなでサッカーをやっています。(私もたまに…)
休み時間、そんな彼がみんなの中で大爆笑していました。さすがに声は聞こえませんでしたが、逆に声が出ていない分苦しそうでした。今まで見たことがない、とっても楽しそうな表情でした。保育園時代から知っている女の子も「H君笑ってる。初めて見た。楽しそう。」ビデオにも写真にも残っていませんが、記憶の中にずっと残るすばらしい笑顔でした。
国語の教科書の教材に落語「ぞろぞろ」があります。落語を観たこと、聞いたことがないというので、円窓のCDを聞かせました。聞き終わるとなぜか小集団になって音読を始めました。よく見てみると、声の出せないHの周りにも数人・・・読んでいました。とてもとても小さな声ですが、確実に聞こえました。泣けました。
Fは放課後教室のキーボードで「ポケモン」の曲を練習してから帰ります。彼は音楽が好きなわけでもなく、鍵盤ハーモニカさえ上手に演奏できません。他の子たちは帰りの会が終わるとすぐ帰ります。彼に聞きました。「どうしていつもキーボードの練習しているの?」「まだ家に帰りたくない。今年は学校にいると安心できるんだ」彼は10才でありながら私よりはるかに多くの修羅場をくぐってきています。家に帰りたくない理由もわかります。10才の子どもがすべてを受け入れ、涙ひとつ流さず、学校は安心できる場所だと言ってくれている。彼のためにも、もっともっとみんなを何とかしなければと、強く思いました。』