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2011-10-02

[]荒波 20:54 荒波 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 荒波 - 西川純のメモ 荒波 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 日本の色々なところの同志が、上司という荒波に悩んでいることが改めて分かった。

 そこで一言。

 急流で舵を取る方法は、流れより速く進まなければなりません。

[]どうしようもない上司 17:15 どうしようもない上司 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - どうしようもない上司 - 西川純のメモ どうしようもない上司 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 本日のメモに関連して別な同志からのメールに関連してメモります。

 もし、あなたの上司がどうしようもない上司でゴチャゴチャと言ってきたらどうするか?です。

1) 議論を避ける。

相手は分かりたくないし、分かる能力もないのですから無意味です。だから、議論は避ける方が良い。やれば感情的にこじれます。

2) 悪口は避ける。

悪口はやがて相手に伝わると考えた方が良い。これまた感情的にならせれば手間がかかる。少なくとも、同じ職場の人はもちろんのこと、同じ業界の人とは避けた方が良いと思います。相手を悪く思ってはいけません。相手は善意の人なのですから。その人を憎めば、自分が醜くなります。

3) 距離を置く。

出来るだけ、関わらないようにするのです。でも、それでも相手から近づいてくると思いますので、その場合は以下のことをするのです。

4) 反対するのではなく分からないと言う。

とにかく無能になるのです。相手を言っていることを分かろうとするスタンスを維持します。そして、分からないから説明を求めるのです。何度も、分からないのですみません、と言いながら説明を何度も求めるのです。時には、その根拠を聞くのです。大抵のどうしようもない上司は自分の少ない経験を拡大解釈しているだけですので、それが一般的な根拠を聞けばいいのです。これを繰り返すと相手は言いよどみます。ただし、最後の一手を詰めてはいけません。とにかく、目的は自分と話すのが面倒だと思わせるのです。

5) 仕事は遅く、質を低く。

これも無能と思わせる方法です。これを繰り返せば、あなたに仕事を頼まなくなります。結果として、関わりが少なくなります。

6) その人の上の人には繋がる。

どんな人でも、その上の人はいます。学校内に見つけられなくとも、学校外の業界を探せばいるものです。その人に繋がり、その人には自分の能力を認めてもらうことです。ただし、悪口は避けた方が良い。一度言い始めると止めどなくなるし、そうなればあなたが醜くなってしまう。

7) 同じ職場の人とは良好な関係を築く。

その上司がどうしようもないのではなく、あなた自身がどうしようもないのかも知れません。どちらがどうしようもないか、それは同僚が判断しています。

追伸 いわゆる問題教師の人で手のかかる人の行動は4)、5)なのです。それが上司が一番困る人なんです。公務員は無能を理由にクビにすることは事実上出来ませんから。おそらく同志にとって一番辛いのは4)ですね。でもやりましょう。

追伸2 私は幸いなことに直属の上司に恵まれていました。もの凄く。が、こんなやんちゃな私が業界で生き残るには、それなりの知恵が必要です。その一つが上記の通りです。

[]生きる力 09:40 生きる力 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 生きる力 - 西川純のメモ 生きる力 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 家内が本屋である教材を買ってきました。今、それを息子にやらせています。その本の監修者が以下のように書かれています。

 『現代社会は、自動車の免許から就職活動の採用試験、司法試験、国際学力テストなど、何をするにも「テスト」がついてきます。つまりテストで点をつける力は、学力ではなくても、現代の生きる力なのです。』

 いいな、と思います。どこがといえば「学力ではなくても」と書かれている点です。

 学力とは何か?という議論は不毛です。学力の定義なんて決まっていません。その本人が定義するしかないのです。一人一人が別々の定義をしているのですから、それが正しいか否かを議論しても不毛なのです。さらに言えば、多くの場合、それを定義せずに議論している。さらに不毛です。

 ではテストの点は現代を生きる力なのでしょうか?先の監修者の書かれている通り生きる力の一つだと思います。が、先に例示されている殆どは二十代前半で終わってしまうことです。私も高校の教員採用試験に合格した瞬間、「あ~、これで試験を受けることはなくなった」と思いました。高校教師の殆どは管理職を目指しませんので、試験を受ける必要はありません。

 それでは二十代後半から必要な生きる力は何か?『学び合い』の場合は「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」だとハッキリと定義しています。では、従来指導型ではどのように考えているのでしょうか?文部科学省が例示している網羅的な生きる力を本気に信じている教師がどれほどいるでしょうか?いたとしても、それが今日この日の指導に一対一対応する授業を、一分一秒の例外もなく実践していると断言できる人がいるでしょうか?

さらに言えば、二十代前半までのテストで点をつける能力も「多様な人と折り合いをつけて自らの課題を解決すること」だと思っています。

 職業柄、色々な人と仕事を一緒にします。その中で東京大学出身者と仕事をすることがあります。そして、その全員が明るくて、人当たりのいい人ばかりです。プロトタイプ化された偏差値エリートの東大生のイメージとは真逆です。ま、そんな人もいるかもしれませんが、これまであった人全員がそうであるということから、かなりの割合の人は明るくて、人当たりのいい人のように思います。でも、当然だと思います。一人だけの力で偏差値を上げられる人はたまにはいます。でも、そんな人はごくわずかです。多くの人は、多様な人と折り合いをつけて、他人の能力を活用しながら偏差値を上げていると思います。その意味で、東大生はそのもっとも長けた人とも言えると思います。そして、それは正しいことは『学び合い』研究でも明らかになっています。

[]批判 07:37 批判 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 批判 - 西川純のメモ 批判 - 西川純のメモ のブックマークコメント

 ある遠方の同志から以下の質問を受けました。大事なのでメモります。

『1つ目 『学び合い』批判を聞くときは、どのような気持ちで相手方の話を聞くのがいいでしょうか?

2つ目 『学び合い』を受け入れない批判的な人と公の場で付き合わねばならないのですが、『学び合い』を絡めて関係のない業務も批判的な態度に出る場合、本日のブログのように一時退散ですか?』

 ちなみに私も大学に勤めております。そして教職大学院という組織に勤めております。当然、同僚の圧倒的多数は非『学び合い』です。でも、楽しく勤務させております。毎週水曜日の教職大学院の専攻会議では、10分以内に1回は爆笑が起こるような和やかな会議です。

 では、どうするか?

 どんな人間関係にも相容れない部分はあるはずです。それを徹底的に議論し、自説に拘り続ければ喧嘩になるのは当然です。これは愛し合って、一生を共にしようと誓い合った夫婦でもあります。ましてや仕事の同僚にあるのは当然です。だから、そのような部分はみんな避けるべきです。

 だから、議論はしてもとことんまで議論せず、途中で「どちらもありね」という外交的決着をすればいいのです。

 でも、希に上記のことが分からず、とことんまで議論をする人がいたとします。その場合は、「な~るほど」とじっくり聞いて、「分かりました」と応えて、無視すればいいのです。私だって、地方講演で偉い人に議論をふっかけられるときにはこの手のことをやります。

 校長(私の場合学長)も含めて、自分の授業の詳細をチェックできる人はいないし、コントロールできる人はいません。彼らがハッキリ評価できて、具体的に指導できるのは「結果」です。だから、他の人にとやかく言われないような結果を出しましょう。私の場合は、抜群の結果を常に出すように心がけています。

 さて、上記が成り立つ上で最も大事なこと。それは意見の相違があったとしても、人としてその人達を尊敬し好きだと思うことです。そのためには、その人達といっぱい話すのです。その多くは馬鹿話です。それが失われると上記の作戦は、とげとげしい結果に繋がります。http://bit.ly/haeBsO