■ [大事なこと]片鱗
大学の学部で山ほど本を読みました。でも、生物学の面白さは分からなかった。でも、その片鱗は感じました。
動物分類学の関口先生のレポートは、何でもいいから数日動物を観察し、分かったことをレポートしろという内容です。簡単ですが、もの凄く大変です。だって、本に書いていることをレポートすれば、直ぐに丸写しだと言うことは分かりますから。私は下宿にいた蜘蛛を観察しました。その結果、クモが歩くとき横糸と縦糸では違うのです。分かってから本を読めば納得しました。でも、自ら発見したことを書けば関口先生には分かって貰えることは分かったっていました。卒業研究もしていない学部生が発見ということを学んだきっかけでした。
学部3年の冬に下田の臨海実習センターに行きました。そこで、数日間徹夜してウニの発生を観察しました。それまで発生学の本で読んだものとは別世界です。ウニの卵割の美しさは圧倒的です。生物学を学んで良かったと本当に思いました。
卒業研究では石坂先生に絞られました。とにかくきつかった。何を書いても、ゴミ箱に捨てられます。説教は毎日数時間。それが1年以上続くのです。私の酒量が増えたのはその頃です。でも、最後のまとめに入って、石坂先生の一言一言がジグソーパズルのようににまとまったとき、理論の凄さを感じました。理論に基づいていれば、最終的にはそれらは成果としてまとまることを実感しました。その凄さに感激して、部屋の隅で涙を流しました。
学部4年間かけて得られた片鱗は以上の3つです。
で、授業時間の週何時間で得られる「深み」とは何でしょうか?
私が本当に深みを感じられるようになったのは、研究者として十年以上たってからです。
■ [大事なこと]深い
深い読み、深い社会認識、論理的思考能力、科学的概念の形成・・・。何でもいいです、その教科の教科部会で語られる高次の目的。そんなもの学校教育の授業で達成出来るわけない!心の叫びです。そんなのが週に何時間の授業で分かるわけない。そんなので片鱗でも分からせられると思っていたとしたら、失礼極まりない。
それらのレベルは、生活のレベルでそれらと一致する生活がなければなりません。自由時間の殆どの時間に本を読み実際の現象を見続け、自分でじっくりと考えて、色々な人と議論する。そして、また、本を読み実際の現象を見続け・・・その繰り返しを長い時間かけて得られるものです。ダイジェスト版は出来ません!
週に数時間の授業でそんなの分かるわけありません。それが軽く語られることに馬鹿馬鹿しさを感じます。そして、それを週に数時間の授業で片鱗でも伝えられると思っている人は、その程度のものを深いものと思い込んでいるのだろうと思います。
じゃあどうするか。そんな深いレベルのことではなく、基礎的なものをしっかりと押さえる。それが、どの方向に進むにせよベースですから。そして、国語の先生は国語の素晴らしさを語り、数学・算数の先生は数学・算数の素晴らしさを語り、理科の先生は理科の素晴らしさを語り・・・・・。その先生が生活と一致するレベルで、その生活をさらし誘うのです。基礎を学んだ子どもたちが、その先生の生き様から様々な方向で進めばいい。それが「深い」を学ぶ道です。単なる授業方法や教材のレベルとは違う、その人の生き方で勝負する道です。
が、全ての教師がそのことを目指さなくていい。基礎的なことをしっかりと押さえるだけで十分に教師の仕事をしています。そして、時間を家族との時間に使えば良い。
子どもたちだって教科の深さを求めなくてもいい。それは学者がやればいいことです。全ての子どもが感じるべきは、人と人との妙だと思います。
が、私は深みを求める教師の方々から、色々なことを言われます。愚痴です。
■ [お誘い]長野講座
7月5日に赤坂さんと私が講演します。お誘いします。http://www.juen.ac.jp/kj/pdf/20140325.pdf