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深い

 『学び合い』に対して、「主体的で対話的だが深い学びになっていない」というご批判を賜ることがあります。しかし、深いって何でしょう?それを客観的に測定する方法はありません。つまり、根拠俺を超えるものではありません。中央教育審議会の答申を読んでも、失礼ながら言葉遊びのレベルを超えていません。簡単に言えば、操作的定義が無いのです。

 同じく、教科の深い理解が無い、というご批判を賜ります。しかし、その方が言っている「深い教科の理解」って何でしょう。週に3、4回、教師の話と板書で到達できるレベルのものでしょうか?それだったら教科に対して失礼です。

 私は大学の学部2年から生物物理学の石坂昭三先生の研究室に入りました。2年半お世話になりました。卒業間際、卒論がまとまる段階で生物物理学のすごさの片鱗を垣間見たようなものです。せめて「深い」というならば、最低限はそれぐらいは必要だと思います。

 では、何故、週に3、4回の学びで到達できる程度のことを「深い」と言うのでしょうか?理由はそれを否定すると、自らがよってたつものが無くなるからです。でも、親も教師もそれが本当で無いことは薄々気づいています。いや、本当は気づいているのです。