■ [大事なこと]自慢
教員養成系大学、そして大学院の学生さんの最大の目的は「就職」です。どの大学もそうかもしれませんが、ジョブ型大学である教員養成系学部は特にそうです。
その中で大学院は生き残れなければなりません。就職するだけならば学部で十分なのです。大学院で生き残るには付加価値が必要です。
本年度我がゼミの修士1年の学生さんの中で3人が教員採用試験に合格し、名簿登載期間の延長により来年も大学院で学びます。就職するためだけの目的だったらやめるのに。つまり、彼らは就職することによって生じる数百万円の年収以上のものが大学院にあることを理解してくれたためです。
今年、大学院を受けた学生さんの中に、名簿登載期間延長を使って大学院に入ろうとしています。入ってからではなく、入る前から本学大学院の価値を理解してくれる。
■ [大事なこと]若い研究者へ
大学の未来を語るときに出るのは18歳人口の推移です。そして、それをもとにした大学進学者数の予想です。かつてに比べては減りましたが、最近はそれほど減少していません。理由は18歳人口の減少を補う程度の進学率の増加があるからです。
が本当でしょうか?
以前、書きましたように就業構造基本調査に現れているように非正規雇用が増えています。今現在の大学生の親は約三十年前に就職した人なのです。これからの大学生の保護者は非正規の割合が高まるのです。平成3年のバブル崩壊の時に大学を卒業した人は、今、46歳です。その人達の子どもが大学に入り始めているのです。私の大学時代、学生は普通車を乗っていました。私の車を持っていた同級生で軽自動車をのっていたのは一人だったように思います。今は、軽自動車が多いように思います。
そのような状況で進学するために奨学金の受給者は増えています。大学(昼間)の学生で奨学金受給者は1990年代で20%ぐらいでしたが、今は半数を上回っています。ところが、大学を卒業しても非正規雇用になる可能性が高い。非正規雇用の平均年収が170万円では奨学金を返すのは難しいのです。親も苦しいのです。やがて大学が元が取れないことを多くの人が知るところになります。
どう考えても大学進学率は下がります。数パーセントなんて言うレベルではなく、半減以下になることは十分ありえます。というか、そうなるでしょう。つまり、18歳人口の推移で予想する大学進学者の数は絵に描いた餅です。なぜ、それがあまり議論されないのでしょうか?おそらく、あまりにも悲惨すぎて、大学人がそれを直視するのが怖いのだと思います。
そんな状態で大学は必死に生き残ろうともがきます。そうすると、大学にとって生産性の低い学部は切られます。最初に切られるのは、志願者が少ないところでしょう。そして、それを決めるのは偏差値ではなく、就職実績で見極めようとする保護者の目です。そこには「大学は就職予備校ではない!」という大学人の意見は無視されます。
そんな状態で学部は必死に生き残ろうともがきます。そうすると学部にとって生産性の低い学問は切られます。最初に切られるのは、志願者が少ないところでしょう。そして、それを決めるのは学生さんなのです。そして大学人の意見は無視されます。学生さんの意見を無視する学部は自滅します。
ここまでが「長―い前振り」なのです。
私は教科教育学の研究者です。その学問の世界で育てられ、その世界のおかげで今があります。だから教科教育学を守りたい気持ちは人一倍あります。しかし、守り方が多くの研究者の人とは違う。
善意の研究者は自分たちのやっていることをしっかりやればいいんだと思っています。しかし、状況はそんなに甘くはない。自分たちの存在意義を業界外の人にアピールし、認めてもらわなければなりません。私が今やっているのはその一環です。教科教育学の意義を一番分かってもらえそうな人は、教師です。その教師に教科教育学研究の成果を分かってもらえるならば、これから教科教育学研究を潰そうとする人たちから守ってもらえます。
若い教科教育学研究者に言いたい。教科教育学の学会は皆さんを守ってくれない。なぜならば、先に述べたようにパイが半分になるときに、先輩諸氏は自分を守るに必死です。若い研究者は我が身を自ら守らなければなりません。それぞれの属する教科教育学で抜群の業績を上げて下さい。我々の時代はそれで安泰でした。でも、皆さんの時代はそれではダメです。現場教師に認められなければなりません。
お願いです。こんど教師用図書の本棚に行って下さい。そして、学術研究が実践の世界にいかに無力であるかを理解下さい。みなさんのやっていることは実践に繋がります。実践者は忙しい、じっくりとあることに費やす時間はありません。我々はその部分の成果を出せば、現場教師の方々は我々を必要としてくれる。
戦後まもなく、混乱時代に学会を立ち上げてくれた諸先輩の学統を守るのは皆さんなのです。