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無茶な課題

 私が学部2年の私の授業で課題として出したのは以下の通りです。

 

あなたが教師として子ども達の一生涯の幸せを保障するために出来ることは何ですか?それが一生涯の幸せを保証出来る理屈も含めてお書き下さい。ただし、私が講義で述べたこと、例えば『学び合い』は除外します。

 

 『学び合い』の考えのレベルまでお分かりの方だったらご理解されると思います。そうです、無茶な課題です。30年以上、考え続けて、『学び合い』以外には実現不可能だと確信しています。でも私の講義では、子ども達の一生涯の幸せを実現できるのは教師であることを述べてきました。それに対して、理論的、実践的に語り続けたのです。でも、彼らがそれらを乗り越えることは出来るわけないことも承知の上です。では、あえて課題として出したか。それは二つの理由があります。

 第一に、授業方法レベルしか考えたことがない学生さんに、子どもの一生涯の幸せという次元で考える機会を与えたいとの想いです。

 第二に、私の考えるレベルに多くの人が達しないのかを、私が確認したかったのです。私は色々な方から聞かれますが、極めて単純な論理と、実証的データで論証します。しかし、理屈では分かっても、納得はしないのです。理系の私としては、それが歯がゆい。

 では、この課題に対しての満点の返答例は以下の通りです。

 

 『学び合い』以外に不可能なので、書くことが出来ません。

 何故、不可能なのか、大きくは4つあります。

 

 第一に、一人一人の子どもによって、幸せの姿は異なります。また、それは人生の中で変化するものです。従って、これが分かれば幸せになれる、これが出来れば幸せになれる、というものは存在しません。だから、赤の他人の教師がそれを予見し、教育することは不可能だからです。

 第二に、第一の理由から、本人が自分の幸せを考え、それに近づくには何をすべきなのかを考えられるようになるしかなりません。しかし、全員が「そのように出来る」ということは不可能です。おそらく、それが本当に出来るのは集団の中のごく一部でしょう。

 従って、「そのように出来る」人と繋がり、支えてもらうしかありません。では、教師がそうなれるでしょうか?これは不可能です。三十人の子ども、それも一生涯に出会う、何千人の子どもを支えることは出来ません。第一、教師と相性がいいとは限らないのです。そして、おそらく教師が死んだ後は支えることは出来ません。ある子どもを支えられる人は、様々に変化します。多くの人が思っているような親・兄弟・親友が最善の支え手とは限らない。実際には多様で多数の知人こそが支え手となるのです。これは弱い紐帯理論の示すところです。

 従って、教師のすべきことは一人一人の子どもに寄り添うことではなく、一生涯支え合う集団を形成することです。

 第三に、そのようなことを実現することは困難です。思い出して下さい。同級生なのに1年間殆ど会話がないクラスメートは半数以上では無かったのではないですか?だから、教科学習でのクラスづくりをする『学び合い』しかありません。何故、特別活動、道徳等ではなく、教科学習でクラスづくりをすべきなのでしょうか?理由は二つあります。全ての子どもに多様で多数の知人を与えるとしたら、時間がかかります。学校における大部分は教科学習です。そして、特別活動や道徳等では、仲良くなったふりをすることが可能です。しかし、教科学習において、全員が高得点をとるふりは出来ないからです。

 第四に、仮に学校教育において望ましいクラスを創り上げたとして、卒業後50年以上、それが維持するには何が必要でしょうか?教師は不可能です。集団の中に教師が語っていたこと、やっていたことをやれるメンバーがいることが必要です。その子達が、定期的に呑み会を開催したり、電話のやりとりをしたりすれば集団は維持することが出来ます。こんな大変なことやり続けるには「得」であることを理解しなければなりません。従って、教師自身がこれからの社会の有り様を語り、それを小学校の授業で体現できなければなりません。このレベルを実証的なデータで語っている教育の言説は『学び合い』以外に無いからです。

 

 しかし、これは難しい。学生さんのレポートを見ていると乗り越えられないところがあります。第一に「子ども」という言葉を安易に使っています。子どもという子どもは一人もいないことを理解していない。第二に、その結果として、自分のがんばりで何とかできると思っている。第三に、教師の仕事は1年もしくは3年ぐらいを視野において、卒業後は自分の範囲外だと考えているので、未来像が殆ど見えていない。

 私のゼミを選んだ学部2年生の5人のレポートも似たり寄ったりです。ただし、5人の特異性はあります。私が「何故、西川ゼミを選んだの?」聞いたとき、「一人も例外なく一生涯の幸せを実現できるのは教師だ」という講義での言葉で選んだと応えました。つまり、その真の姿は分からなくても、良さそうだという嗅覚はあるようです。まあいいのです。それを2年間、私から学べばいい。いや、西川ゼミの最大の特権は、最先端の『学び合い』集団の中でどっぷりと浸かれることですから、ゼミ集団の中で染みこませればいい。