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エンダーのゲーム

 「エンダーのゲーム」というSFがあります。異星人との戦いの中で少年が成長する物語でとても良いSFです。少年達はシミュレーションゲームの中で戦艦を動かし、戦います。それを繰り返して技量を高めるのです。

 このSFのオチは実はシミュレーションゲームはゲームではなかったのです。すなわち、少年達が戦艦を動かし、戦いの中でその戦艦が撃破されれば、数千人の将兵が命を失うのです。良心の呵責にさいなまれ、作戦が甘くなることがないよう、少年達にはあくまでもシミュレーションゲームだと伝えたのです。最後の最後に、それが明かされて、自分たちの判断によって、莫大な人命が失われたことを知りショックを受けます。さらに「エンダーのゲーム」の続編では、一つの種を絶滅させたことの贖罪がテーマになっていました。

 読んだときは、主人公に共感出来ず、単に少年の成長物語として理解しました。

 最近、遠方に移動しているとき、私が中学校、高等学校、学部時代にはやった歌謡曲が流れました。そのときは、何故か傷つけられた側の歌が多かったのです。その中で、私の過去の経験にピタリと当てはまると、それ以降の曲が、全て私を責め立てているように感じ始めたのです。

 私は共感能力が以上に強いです。そのため、良い人が不幸になるドラマや映画を見ることが出来ないのです。その私が加害者になれたのは、完全にゲームとして理解していたためだと思います。私の中でマイルールと世界観を構築し、その中で、一つ一つの手続きを積み上げているのです。しかし、ふと、それがゲームでないことを実感してしまいました。罪深いな~と思いました。正直、苦しい。