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2006-09-27

[]戦略核兵器 22:22 戦略核兵器 - 西川純のメモ を含むブックマーク はてなブックマーク - 戦略核兵器 - 西川純のメモ 戦略核兵器 - 西川純のメモ のブックマークコメント


 昨日、あることを思いついてしまいました。思いついて、そして自分ながら恐ろしくなりました。それは、原爆の開発をルーズベルトに進言したアインシュタインのような気持ちです。

 世の中には、「指導無きところ進歩無し」という確信のもとに、、支援という名の指導をされている方が少なくありません。そして、自分が最も正しいという指導法によって、グイグイと子どもたちを指導していきます。一般的には、そのような先生は「いい先生」と分類されます。でも、経営学のリッカートによれば、そのような管理者は最も業績の低いことが明らかにされています。一方、我々のように目標を定め、方法を任せ、厳しく評価するというタイプ管理職は、一見いい加減に見えますが、最も業績が高いことを明らかにしています。では、業績が低いにかかわらず、「指導無きところ進歩無し」という管理職が多いのでしょうか?リッカートは、評価がされていないためだと看破しています。

 自分自身の指導法に絶大な自信を持っている方に、「なぜ、それが有効だと思います?それも全員に有効なんですか?」と聞きます。しかし、返ってくる反応は、無根拠に「全員に有効だ。少なくとも一番良い方法だ」と言われます。そこで、「その根拠は?」と改めて聞きますと、感情的な反応が返ってくる場合が少なくありません。また、教育行政が学校に求めるものは、「やっていますよ」と言うための証拠物件としての書類は求めますが、実績は余り求められません。例えば、学力向上フロンティア事業では、シンポジウムや報告書を求められますが、実際に上がったことは求められません。せいぜい、統計的な処理でなんとでもなるようなレベルで誤魔化せるだけの数値で許されます。事業を課している方も、「まあ、そんなに凄い結果はでないよな~」と心の中にあるので、書類が整っていれば、それで良しとしているのでしょう。

 我々は一生懸命に、「全員の学力が上がる」、「全員の人間関係が向上する」、そして両者は矛盾しない、とアピールします。とても凄いことだと思います。でも、反応がいまいちです。理由は、全員の学力が上がらなくても、全員の人間関係が向上しなくても、「しょうがないよね」という生ぬるい評価しか受けないからです。つまり、良いことであっても、しなくてもいいのですから、面倒くさいというのが本当なのかも知れません。厳しい評価が無いのが問題なんです。

 そこで、凄い恐ろしいことを考えました。

 私は日本全国各地の学校によばれ、講演をします。しかし、それらは教師相手です。しかし、保護者相手に講演をしたらどうでしょう。そこで、私の話術やプレゼン力を使って、我々の学術データを理解してもらいます。何故、学力が向上しないのか、何故人間関係が向上しないのかを、素人にも分かる論理と学術データ保護者に理解させます。そして、「全員の学力人間関係が向上出来る」ことを分からせるのです。

 その後、管理職(もしくは研修主任)が提案します。

 『言うまでもなく、学校教育目標人格であります。それらは知育、徳育、体育とよばれる全人的なものです。そこで、3ヶ月先に全校一斉の授業参観を計画したいと思います。午後の2時間を参観時間として、その後に父母の方と懇談会を各クラスで行ってください。その一斉授業参観でのテーマは「全員の学力人間関係を確実にあげる、一人一人に確実に対応した我がクラスクラス経営・授業経営」です。西川先生からは講演がありましたが、別段、「学び合い」でやらなくても結構です。しかし、参観する父母達にちゃんと「全員の学力人間関係を確実にあげる、一人一人に確実に対応した我がクラスクラス経営・授業経営」を理解してもらい、それが現れる授業を見せてください。一人一人の懇談会用のレジュメと、懇談会後の無記名の保護者からの感想は、冊子にして地区の学校の皆さんにお配りしたいと思います。構える必要はありません、日々の実践を見せ、理解して頂くだけのことです。』

 さて、教師同士の間だったら、「全員の学力人間関係を確実にあげる、一人一人に確実に対応した我がクラスクラス経営・授業経営」なんて無理だよね~、で通ります。ところが、親にそれを言える教師がいるでしょうか?保護者は、「自分の子ども『が』向上しているか否か」に厳しい評価者です。その保護者に「全員の学力人間関係を確実にあげる、一人一人に確実に対応した我がクラスクラス経営・授業経営」が出来ることを私が教えてしまうのです。

 私の話を聞いた後の保護者の前で、「ぐんぐん勉強するグループ」、「しっかり勉強するグループ」という名の習熟度別の授業を見せることが出来るでしょうか?

 ご当人(教師)は自信を持っている教材・指導法が、授業参観の時に自分(つまり保護者)が分からないのは、自分が勉強不足なのではなく、教師の側の学習者理解が不足していることを、私が分からせてしまうのです。

 そして、隣のクラスに行くと、私が語ったことが現実となっているクラスを見ることになります。そうすれば、教師主導のクラスにおける子どもの目が死んでいることは明かです。

 と言うことが3ヶ月後に面と向かわなければならないことを理解したら・・・。そうしたら、覚悟が全く違います。そして、変わろうという気になりさえすれば、1週間で変われるのです。

追伸 変わりたくない方と話しても生産的ではありません。だって、自分を合理化する理由なんて山ほどあります。でも、その殆ど全ては、教師集団の身内の中で通る理屈にすぎません。私の代わりに、そのような理屈は、保護者の方に聞いて頂いた方が、生産的だと思います。

追伸2 不遜ながら、確信しています。「全員の学力人間関係を確実にあげる、一人一人に確実に対応した我がクラスクラス経営・授業経営」を実現するには、我々の学校観・授業観・子ども観に考え方を転換しない限り、絶対に無理です。