■ [大事なこと]私のすべきこと
アベタカサンのブログに、多くの先生方は『「学び合い」はよいと思わない』とあります。また、Oさんのブログには私の話は現場には落ちていかないと書かれています。お二人のご指摘、全くだと思います。落ち込みつつも、至極、納得します。そもそも私が認知研究から『学び合い』に移行した原因の一つに「専門家は初心者の気持ちは分からない」というエキスパート・ノービス研究があります。我々ホモサピエンスは、分かるという代償に、初心者に教えるという能力を失います。専門家が初心者を理解することは出来ません。努力しても。
私はいろいろな先生方に、「その子を変える力は、あなたにはありません。そんなことが出来るぐらいだったら、とっくのとうに変えられたいるはずです。無理です。でも、あなたの話を理解できる子もいます。その子たちが周りの子どもに伝えます。その子たちに分かってもらえばいい。ただし、みんな、という縛りをつねに求めなければなりません」と語ります。今日もある先生に語りました。これは正しいと思います。
つまり、私には『「学び合い」はよいと思わない』という先生を説得する能力はないと覚悟するべきです。現場に落ちないことに、落ち込まないようにしなければなりません。そこに目も向けるのではなく、私の語りを理解できる人に語るべきです。そして、そのような方たちに「みんな」という縛りを求めることが私の仕事のように思います。
群馬県高崎市の八幡小学校に続いて、上越市の黒田小学校が『学び合い』を軸とした学校作りに取りかかります。
今年から大阪の楠葉西中学校では『学び合い』を取り入れる試みをして、がんばっている校長・先生がおられます。10月23日は、その姿を学びに行きます。
10月29日には長野県の生坂中学校では『学び合い』の社会科を授業公開しようとしています。
10月30日に佐賀県佐城教育事務所の一行28人がバスを仕立てて、今年、洗脳旅行にこられた別府南小学校に『学び合い』の授業を見に行きます。ちょっと前には、昨年、洗脳旅行にこられた鹿児島市の同志の授業を見に指導主事一行が来られました。関わる方々は、明治維新と同様に、九州から日本を変える意気込みです。こんな事が、つい最近、そしてこれから半月の間にあることなんです。
学校の中で苦労されている同志もいるでしょう。でも、今年一年で大きく進みました。学校レベルで『学び合い』を取り組もうとする学校、学校群がこんなに増えました。来年はもっと増やしたいし、増やせると思います。だって、成績が目に見えて上昇して、人間関係が向上し、不登校が無くなり、特別支援の子が気にならなくなる・・・、こんなことを我々が結果として出せます。だから、最後は分かってもらえるはずです。
私だって、「理論的にはそうなるはずだ・・」などというたわけた事を言って、象牙の塔にこもっている大学教師ではありません。でも、最初に書いたように私には力がありません。私が出来ることは、私の言葉を理解していただける方に「みんな」という縛りを求めるだけです。
同志各位へ
『学び合い』で成果を上げている方だったら、必ず、いや絶対に子どもたちに「みんな」を求めているはずです。そして、それを子どもに説得するとき、その縛りがあることが人の道であり、そして、自らの安定した環境を保証するものであることを説明しているはずです。それは自分自身にも当てはまるものです。我々教師も「みんな」という縛りがあることが必須です。